11「アストリット王女の事情」④


「私も信用しているよ、レダ」


「ティーダ様まで」


「さらに言うと、レダには是非ともアストリット様の治療に成功して欲しいと思っている」


「――お兄様! そのようにプレッシャーをかけることをおっしゃらないでください!」




 レダの手を握っていたヴァレリーが兄の言葉に怒る。


 手を離し、ティーカップに紅茶を注ぐと、レダの前に置いてくれた。


 彼女はそのまま立ち上がると、兄の執務机の上に少し乱暴気味にティーカップを置く。




「せっかくレダ様に気負わずにいてほしいと思っているのに、お兄様がそんなことをおっしゃったら意味がないではありませんか!」


「すまない。だが、心配事もあるんだよ」


「ティーダ様、心配事ってどういうことですか? 王女様以外にもなにか?」




 レダの問いかけにティーダは、頷いた。


 紅茶を一口口に含み、唇を湿らすと、静かに口を開いた。




「あくまでも噂話でしかない、ということを前提で聞いてほしい」


「あ、はい」


「アストリット様の治療のために、王妃様は他国に協力を求めていたという」


「……すみません、俺は国と国の関係に詳しくないんですけど、それってまずいんですか?」


「友好国、同盟国への協力要請程度なら、よくある話だ。構うことはない。だが、王妃様の場合、少々困ったことをしようとしているらしい」


「困ったこと?」


「秘密裏に、蛮族や魔族の治療手段と回復魔法をアストリット様に試すことができないかと模索しているようだ」


「――まぁ」


「ちょ、それって」




 ティーダの言葉に、レダとヴァレリーが驚く。


 無理もない。


 魔族はもちろん、蛮族も敵対関係にある。


 いくら王女のためとはいえ、敵対関係者に内通するのは問題がある。


 とくに蛮族は、ここアムルスにモンスターと魔獣以外で被害を与える敵対民族であるため、とくに印象は悪い。




「レダが治療に成功してくれるならそれでいい。願ってもないことだ。だが、うまくいかなかった場合、王妃様が誤った判断をなされるかもしれない。それが不安なのだ」


「……言いたくありませんけど、近隣諸国の治癒士が治せているなら、とっくにアストリット王女様の傷は治っているはずではないでしょうか?」


「私もそう思う。レダの噂を聞きつけただけで行動に移すお方だ。国境など問題なかったはずだ」




 王妃という立場なら、近隣国から治癒士を招くことくらいのことはできただろう。


 他国で治癒士がどのような立場かわからないし、金の亡者かどうかも不明だ。


 しかし、王家なら、他国の治癒士が膨大な金を要求したとしても払うことは可能だったろう。


 治療に失敗した治癒士にいくらの金を払ったのか、興味もないが。




「以前にも言ったが、アストリット様の治療に躍起になっているのは王妃様だけだ。国王様が諦めていなければ、また違ったのかもしれないが……」




 ティーダもやるせないのだろう。


 母が子を想うのは当たり前だ。


 光を失い、自暴自棄になってしまった娘のためになにかできることがないかと模索する母親を、悪いとは言いたくない。




「ただ、王妃様にもお立場がある。聞けば、側室たちの派閥が、王妃様を追い落とそうとしているらしい。言いたくはないが、王妃様以上に、この国に今まで尽くした方はいない」


「言い方は悪くなってしまいますが、側室になった方々は、第一王女のアストリット様を害そうとしただけではなく、王位を継げない彼女を排除し、我が子こそ、と醜い争いをしているらしいのです」


「そんなくだらん人間に、王妃様が蛮族や魔族に近づこうとしているなど知られてみろ、なにをしでかすのかわからん」




(そういえば、この国は王子でも王女でも関係なく王位を継げるんだったな)




 王家の後継問題など、平民のレダには縁のないことなので、考えるだけ無駄だと判断して思考を打ち切った。


 それよりも気になることがある。




「まさかとは思いますけど、王女様の治療に邪魔が入ったりしませんよね?」


「…………」


「いや、なんとか言ってくださいよ! 無言が一番怖い!」




 アストリット王女を快く思わない人間が今もいるのなら、治療の妨害もありうる。


 その結果、レダだけならまだしも、家族や友人にまで被害が出るのは困る。




「王妃様もアストリット様も、極力秘密裏にこちらにくるだろう。とはいえ、情報というのはどうしても漏れてしまうものだ。すでに冒険者ギルドに頼み、テックスをはじめ信頼できる冒険者たちを準備してもらっている」


「ティーダ様は、妨害も予想していたんですね」


「なければいい、と思っている。が、なにもしないという怠慢は犯せない。すまない、レダ」


「いいえ、どちらかといえば、今回はティーダ様も巻き込まれた側ですから、お互い様ですよ」




 レダとティーダは視線を合わせて、お互い困ったものだと苦笑いした。




「……とにかく、蛮族と魔族を王妃様に関わらせたくない。レダ」


「はい」


「負担に思うだろう。私に腹が立ちもするだろう。だが、頼む。必ず成功させろなど無茶は言うつもりはないが、できるかぎりの最善を尽くしてくれ」


「――承知しました」




 レダは、ティーダの言葉に、力強く頷くのだった。






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