10「アストリット王女の事情」③




「――ふう」




 王妃直筆と思われる手紙を読み終えたレダは、疲れたように嘆息した。




「なんと書いてあったか聞いてもいいかな?」


「あ、はい。王女様の治療をお願いする旨と、たとえ治療が失敗したからといって罰することは絶対にないので安心して欲しいということです」




 王妃からの手紙はとても丁寧に書かれていた。


 不躾なお願いをしていること、本来なら顔を合わせてお願いする立場であるのに、人伝に手紙を介することを許してほしいという謝罪から始まっていた。


 続いて、アムルスの町で診療所を開いたレダが、人々のために尽くすことへの褒め言葉や、他の治癒士にぜひ見習ってほしいという苦言もあった。




 その上で、アストリット王女の治療をお願いしたいとのことだ。


 どのような結果になっても罰はありえない。


 だが、成功した場合は、叶えられる範囲でなんでもすると書かれていた。


 一国の王妃の『なんでも』がどのくらいのものなのかわからないレダは、成功した場合のあとのことはティーダに丸投げしようと決めた。




「……ならば安心だ」


「あと、万全な状況で臨んでほしいと書かれていました」


「少々、行動力のありすぎる方ではあるが、王妃様は良識あるお方だ。そこに書かれているように、治療できずとも罰はないだろう。まず、一安心だな」




 ずっと立ちっぱなしだったティーダが安堵したように、椅子に深々と腰を下ろした。




「すまなかった。レダもヴァレリーも座ってくれ」


「はい」


「失礼します」




 レダたちはソファーに腰を下ろす。


 そして、なぜかレダと密着するように隣に座るヴァレリーは「お茶の支度をしますね」とてきぱき動き始める。




「……だけど、そうなると王女様は辛いですよね。王妃様のお手紙通りなら、この町に来るということですから」


「違いない。無理やり連れてこられ、期待させられた挙句、目が治りませんでした……では、あまりにも惨い。いくら王妃様がお許しくださるとはいえ、アストリット様のお心は今以上に乱れるだろう」


「俺の責任は重いですね。でも、今回ばかりは本当にやってみないとわかりません」




 レダも、この数日なにもしていなかったわけではない。


 診療所での治療と並行して、冒険者ギルドや商業連合の伝を使い、魔導書を集めて漁っていたのだ。


 そのおかげで、回復魔法で過去に負った古傷を、失明を治せるのか調べることができた。




 結果は――可能だった。




 前例はある。


 数人がかりや、名高い治癒士によって行われたことだとか、様々だ。


 しかし、そのすべてが五十年以上も前のことだった。


 少なくとも、ここ数年でそんな偉業を成し遂げた治癒士はいない。




「そのことについて、私がレダにどうこういうつもりはない。かつてヴァレリーの古傷を治したお前が無理なら、アストリット様の傷は治せまい」


「……俺以外の治癒士がどんな治療をしたのか知りたいところですが、難しそうですね」


「口頭で聞く程度なら可能だろう。王妃様も、多くの治癒士を試したはずだ。レダが文献で見つけたという数人がかりの方法はもちろん、回復ギルドの中でも有数な治癒士を試しただろう」


「でしょうね」


「それでも治らなかったから、最近いろいろ噂になっているレダにたどり着いたんだろうな」




 レダが調べたことを王家が調べられないはずがない。


 そして、試さないはずがない。


 つまり、現代の治癒士では、アストリット王女を治せないのかもしれない。




「大丈夫ですわ」


「――え?」




 静かにお茶の支度をしていたヴァレリーが、レダの手を握りしめて微笑んだ。




「ヴァレリー様?」


「レダ様は、かつて酷い火傷に苦しみ、心まで壊していたわたくしを助けてくださいました。あなたのおかげで、今のわたくしがいます」




 彼女の瞳は真っ直ぐにレダに向けられている。




「レダ様のおかげで、今は毎日が楽しくあります。町の孤児のために、また力になれるかもしれないと、忙しくも充実した日々です。ですから、どうぞ、自信をお持ちになってください。とても難しいことをしなければならないことくらいわたくしでもわかりますわ。でも、レダ様なら無事にアストリット様をお救いくださると、このヴァレリーは信じていますわ」


「……ありがとうございます、ヴァレリー様」


「うふふ、夫を励ますのは妻の務めですもの」




 この場にルナがいたら喧嘩になりそうなことを、平然と、かわいらしい笑顔で言ってはなったヴァレリーのおかげで、レダの気持ちは少し軽くなった。


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