7「王都の事情」③
きっとあからさまに嫌そうな顔をしてしまったのだろう。
ティーダが苦笑いとなった。
「そう言ってくれるな。王家までレダの回復魔法の実力が届いたということだ。まあ、私がレダの立場なら、同じような顔をすると思うがな」
「……はぁ、いいですけど。それで、どなたか患者がいらっしゃるということですか?」
「おそらく、第一王女アストリット様のことだろう。知らないか?」
「いえ、王都にいましたけど、その辺りは疎くて」
不謹慎かもしれないが、王都で数年冒険者業をしていたレダだが、第一王女と言われて名前も顔も浮かばない。
それどころか、国王の名前と顔だって思い浮かばないのだ。
不敬だ、と怒る人間もいるかもしれないが、ティーダは違うようで苦笑するだけだった。
「その、アストリット第一王女様がお怪我でもしているんですか?」
「そうだ。残念なことに、アストリット様は、数年前に怪我で失明された」
「――っ、それは」
「極力話題にしないようにしているからな。だが、貴族ほど噂好きはいない。今では、すっかりみんなの知るところだ」
「どうしてそんなことに?」
「私もすべてを知っているわけではないが、権力争いと言うべきか、醜い貴族の陰謀と言うべきか……とにかくアストリット様は刺客に襲われ、護衛や侍女の奮闘虚しく、視力を失ってしまった」
レダは言葉がなかった。
貴族は、ときに平民には想像のできない醜い争いをすると聞いたことがある。
だがまさか、王女を狙う人間がいるとは思わなかった。
なによりも、王族関係者の周辺には武芸や魔術の優れた人間が配備される。
護衛はもちろん、侍女だって、最低限の護衛以上の実力を持つらしい。
それらを突破して王女を失明させたのだ。
もしかしたら、命を奪おうとして、視力しか奪えなかった可能性もある。
正常な視力を持つレダには、光を失ったことがどれだけ辛いことなのか、想像することさえできなかった。
「――まさかとは思いますけど」
「そのまさかだろう。王妃様はアストリット様をレダに治療させたいとお考えらしい」
「さ、さすがにそれは……王女様が怪我をされたのは数年も前なんですよね。いくらなんでも」
レダはちょっとした古傷なら治療できたことがある。
だが、視力を失うような傷を、しかも数年単位の古い傷の治療をしたことはない。
そもそも、治療が可能かどうかさえわからないのだ。
「私も難しいと思っている。だが、王妃様はそうは思わなかったようだ」
「なぜですか?」
「レダ、お前はヴァレリーが一年前に負った火傷を綺麗に消し去った。ならば、同じことができる、と考えるのは無理もないことだ」
「気持ちがわからないとは言いませんけど」
王妃は藁にもすがる思いなのかもしれない。
でなければ、辺境のど田舎で突如治癒士を始めた男を頼ろうなど思わないだろう。
「レダには、いい迷惑かもしれないな」
「俺は、治療を求めている人がいるなら、全力を尽くしたいと思っています。ですが、数年前の怪我を、それも視力を失った方を回復なんて……したことがありませんし、できるかどうかもわかりません」
「それは私も同感だ。そして、王妃様だって、頭のどこかではわかっているはずなんだ。だが、それでも、レダの回復魔法にすがりたいのさ」
やりきれない。
レダはグラスを呷って、ウイスキーを飲み干した。
「ただし、我が家に所蔵されている古い文献には、強い力を持つ治癒士なら、古い傷も、視力回復も可能だと書かれていた」
「どう思いますか?」
「正直に言えば、信じられない。欠損した手足をはやすことができる例もあったそうだ。だが、さすがにそれはな」
ティーダが空になったグラスに、ウイスキーを注いでくれる。
樽の匂いが鼻腔をくすぐり、レダは若干冷静になった。
「仮に、そんなことができる治癒士がいたとしても、俺がそこまでの力をもっているのかどうも疑問です」
幸いなことに、今まで手足を欠損した重症人と出会ったことはない。
できることなら、出会いたくないと思う。
怪我などしないことが一番なのだから。
「わかっている。だが、それでもすがたりたいのが親なのだろう。私も、もし娘や妻が同じ状況だったら、レダに何を捧げても治療してほしいと願うだろう。たとえ、結果が伴わなかったとしても、試さずにはいられないはずだ」
「……それは、わかります」
レダだって人の親だ。
血の繋がりがなくたって、ミナとルナという大切な娘がいる。
ヒルデガルダやナオミという大事な家族がいる。
彼女たちになにかあれば、わずかな可能性にも縋るだろう。
そのことを思えば、見知らぬ平民のレダの噂を聞いて試してみたいと思ってしまった王妃の気持ちも、理解できた。
同時に、自分に可能ならば、力になりたいと、も。
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