3「アムルス診療所」③



 午前の診察は滞りなく終わった。




「ふーっ、お疲れ様。昼休みにしようか」


「……そうだな。魔力的には問題ないが、疲れはある。休憩できるのはありがたい」




 レダの提案にネクセンが同意した。


 午前中は、怪我人はそこそこやってきた。


 冒険者からはじめ、仕事中の事故で負傷した人も多かった。


 中には、腰痛や肩こりを改善するために回復魔法を求めて訪れる人もいる。




 これも、治療費が安く固定されているおかげだ。


 しかし、多くの人が利用してくれれば、治療費が安くともそれなりの稼ぎはあるのだ。


 冒険者ギルドの計算だと、現状のペースで患者がくれば、みんなの給料を支払った上で黒字を見込めるらしい。




 レダたちは、あくまでも町が運営する診療所のスタッフでしかないので、経営まで携わっていない。


 怪我人を治し、町に貢献する。


 それが第一だった。




「はいはーい! 愛するパパのためにお昼を作ってきたわよー!」


「ありがとう、ルナ」


「えへへ。いいのよ、だって奥さんの仕事でしょ。あ、ネクセンとユーリもついでに食べていいわよ。多めに作ってあるから、たくさん食べてパパの奴隷のごとく働きなさい」


「……小娘、私たちはディクソンの同僚であって、奴隷ではない!」


「はっ。パパがいなかったら、今でもあこぎな商売して嫌われてた癖に」


「今でもそう好かれておらんわ!」


「……いや、それは自慢することじゃないでしょ」


「…………そうだった」




 自爆して肩を落とすネクセンは、ルナが持つバスケットから、サンドイッチを掴みもそもそと食べ始めた。


 そこへ、ミナとヒルデガルダが飲み物をもって現れる。




「コーヒーあるよー!」


「紅茶も用意した。好きなのを飲むといい」




 レダとネクセンはコーヒーをミナから受け取り、ユーリはヒルデガルダから紅茶を受け取った。




「はい、パパ。あーん」


「あ、あーん」




 食事がはじまると、ルナがレダの膝の上に座って、サンドイッチを口元に運んできてくれる。


 昨日は、ヒルデガルダが、その前の日はミナだった。


 どうやらレダの知らないところで、順番が決められているようだった。




 ルナたちが用意してくれたサンドイッチは美味だった。


 バターがたっぷり塗られたパンに、レダ好みの味つけが追加されている。


 マスタードとマヨネーズ。


 シャキシャキのレタスと、瑞々しいトマト。


 少し塩気の強い生ハムが合わさり、絶妙なハーモニーを奏でていた。




「おいし?」


「美味しいよ。ルナは料理が上手だからいいお嫁さんになるよ」


「もうっ、パパったら。もうパパのお嫁さんじゃない!」




 そんなやりとりをしながら昼食は進んでいく。


 ただし、休憩時間もレダたちにとって、あってないようなものだ。


 急患が運ばれてくれば、食事を中断して治療にあたらねばならないのだから。




 実際、昨日は、昼食時に三人の急患が運ばれてきている。


 怪我人が少ないにこしたことはない。


 今日はゆっくり昼食を取れることを祈るレダだった。




 そんなとき、からんっ、と診療所の扉のベルがなった。


 誰かが入ってきたのだ。


 休み時間とはいえ鍵は閉めていない。


 いつでも誰でも入ってこれるようになっている。




「患者かな?」


「いや、足取りはちゃんとしている。けが人ではないだろう」




 レダの疑問に、ヒルデガルダが答えた。


 彼女のような戦闘者なら、足音で相手が負傷しているかどうか察することができるようだ。


 そして、それは正解のようだ。




「食事中すまないね。失礼するよ」


「ひひひっ、今日もまた賑やかだねぇ」




 現れたのはふたりだ。


 ひとりは、六十近い初老の男性だ。


 白髪まじりの灰色の髪を後ろに撫でつけ、レダたちと同じように白衣を身につけている。


 彼の名はアダムス。


 隣接するアムルス医院を任されている医者だった。




 もうひとりは三十歳ほどの女性だ。


 紫色の服ととんがり帽子を身につけ、白衣を羽織る魔女である。


 名はメイベル。


 外見以上に生きていると噂される、秘密の多い薬師だ。




「アダムス先生、メイベルさん、よかったら一緒にごはんでも」


「ありがとう、レダ先生。じゃあ、お言葉に甘えようかな」


「レダの娘たちは料理上手だからね。――っと、別に食事をねだりに来たわけじゃないからね、そこは勘違いしないように」




 ミナがバスケットからサンドイッチを皿に取り分けふたりに渡していく。


 アダムスとメイベルは、ミナにお礼を言って、サンドイッチを食べて「美味しい」と笑った。




「実は、レダたちの耳に入れておきたい話をきいたから、伝えにきたんだよ」


「話、ですか?」


「ああ。なんでも、最近、王都の回復ギルドの本部で内輪揉めをしているそうだよ。まったく、治癒士たちは揉めるのがすきだねぇ、ひひひ」


「揉め事?」




 レダは、ネクセンとユーリに知っているかと視線を向けるが、ふたりは揃って顔を横に振った。




「つい先ほど、王都からやってきた商人の患者から聞いたんだけどね。確か……アマンダ・ロウという女性が、回復ギルドを改革すると同志を集めて老人たちと戦っているらしいと聞いたよ」


「アマンダって……あの人かぁ」


「詳細はわからないが、レダ先生たちにもいずれなにかしらの影響があるかもしれないからね。知っておいて損はないと思ったんだよ」


「わざわざすみません。情報ありがとうございます」




 懐かしい名前に、王都からやってきたひとりの女性を思い出した一同。


 だが、まさか、回復ギルドを彼女が改革しようとしているなど、誰も予想していなかった。




「あの人、どんな風に回復ギルドを改革するつもりなのかしら」




 ルナの疑問に、レダたちは誰も答えることができなかった。






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