2「アムルス診療所」②
「おはよう、ディクソン」
レダが診療所に戻ると、出勤したネクセン・フロウが白衣を着て準備をしていた。
「おはよう。今日も早いね」
「ふん。一流の治癒士は、ただ治療をすればいいというものではない。患者を診る以上、毅然とした態度でいなければならないし、遅刻するようなだらしない人間に治癒士は務まらん」
レダは彼と並んで、手を念入りに洗い、清潔なタオルで水滴を拭う。
ネクセンはいつも早く出勤してくれる。
プロ意識が強いというのもそうだが、この町に、住民に貢献しようという意思がなによりも強かった。
ネクセンは、同じくアムルスに暮らす治癒士のひとりだ。
治癒士としての経験は、レダよりも上である。
そのため、仕事は早く、的確だ。
少々つんけんした性格の持ち主ではあるものの、悪い人間ではない。
むしろ、善人である。
だが、彼はかつてこの町で高額請求をする治癒士だった。
彼は貧しい生まれだった過去を持つゆえに稼ごうとしていた。
それでも、回復ギルドに所属する治癒士としては、比較的良心的な値段設定で治療を行なっていた。
もちろん、それでも住民たちには高すぎた。
かつてはネクセンはレダを快く思っていなかった。
破格な価格で治療を行うレダのせいで、ネクセンのもとを訪れる患者が減ったのだから無理もない。
しかし、出会い、交流した結果、思うことがあったのだろう。
彼は単独で治癒士をすることをやめ、レダの診療所を手伝うことを決めた。
先日も、野盗の襲撃やニュクトの一件で怪我を負った住民や冒険者を率先して治療してくれた。
稼ぐことを第一にするのをやめ、誰かのために治療することを優先したのだ。
ただし、過去に高額治療費を取っていたせいもあり、住民たちからあまりよい目で見られてはいない。
中には、ネクセンに治療されることを拒む患者までいる。
それでもネクセンは、自分のしてきたことの結果だとそれを受け入れ、腐ることなく治癒士を続けていた。
そんな彼の真摯な態度に、考えを改める人間も現れ始めている。
「……おはよ、レダ、ネクセン」
「やあ、おはよう。ユーリも早いね」
「ふん。当たり前だ。さっさと支度をしろ」
診療所に入ってきて、挨拶をしたのはユーリ・テンペランスだ。
片目を隠した青い髪のショートカットの少女は、まだ歳若く、ルナとそう変わらない。
しかし、アムルスに在中するもうひとりの治癒士だった。
「早く回復魔法を使いたくてうずうずしている……早く、怪我人がこないかな」
彼女は、魔法を使いたいという欲求が強かった。
とにかく魔法を使いたい、魔法を改良したい、魔法が好きだという少々変わった子であるのだ。
そういう人間は珍しくはあるが、たまにいる。
とはいえ、害はなく、むしろ率先して怪我人を治療してくれる彼女は働き者だった。
彼女もかつて高額請求の治療をしていた。
しかし、その高額請求は回復ギルドから派遣されていた助手たちが独断でやっていたことだった。
もちろん、すべてを任せっぱなしにしていたユーリにも非はある。
金銭面に無頓着で、回復魔法を使って怪我人を治すことに楽しみを抱く少女は、もっと患者のことを思うべきだった。
ユーリはそのことを反省し、助手をクビにした。
その辺りに一悶着あったものの、今では診療所で働く治癒士のひとりであり、レダの大切な同僚だった。
「……俺としては怪我人は、できるだけこないほうがいいと思うんだけどね」
「同感だ。治癒士の出番など、ないくらいでちょうどいい」
「――うぅ。わかってるけど、魔法が使えないとストレスが溜まっちゃう」
回復魔法を使うことを好んでいるユーリの実力も確かなものだった。
年若くもネクセンとそう実力が変わらない。
それでも、ネクセン同様に、ユーリを快く思わない人間はいる。
だが、マイペースな性格なユーリは、あまりそのことを気にせず、訪れる患者をウキウキと治療している。
住民たちも、一応高額請求は回復ギルドの人間のせいだったと知っているし、治療に全力で取り組んでくれているユーリを悪く思うことは難しいようで、態度も軟化していっていた。
「よし。じゃあ、今日もよろしく頼むね」
「ああ、任せておけ」
「うん。がんばる!」
レダたち三人で、アムルス診療所は動いている。
そこに、レダの娘であるミナとルナ、家族のヒルデガルダとナオミ、そして領主の妹ヴァレリーが手伝ってくれるのだ。
そのおかげで診療所は順調だった。
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