1「アムルス診療所」①
「おはよう、おとうさん! 朝ごはんできてるよ!」
「おはよう、ミナ」
診療所の前を簡単に掃除していたレダを呼んだのは、愛娘のミナだ。
先日のニュクトとの戦いでは、驚異的な力を発揮してレダを救ってくれた恩人でもある。
だが、レダは、ミナの力に関することを問わなかった。
問題を放置したわけではない。
彼女が話したくなるのを待つことにしたのだ。
悠長な、と思われるかもしれないが、家族になったばかりのレダたちには、彼らなりの時間が必要だった。
それを悪いとは思わない。
まだ幼いミナだって、レダに話すのに時間が必要だろう。
「おねえちゃんたちがまってるよ」
「うん。ありがとう」
手を洗い、白衣を椅子にひっかけると、階段を登っていく。
この建物は一階が診療所で、二階がレダ達の住居だった。
職人たちの手によって、住みやすく改装されており、レダは初めて手に入れたマイホーム生活を堪能していた。
二階はキッチンを中心に、囲むように四つの部屋がある。
それぞれ、レダ、ルナとミナ、ヒルデガルダ、ナオミが振り分けられていた。
「あ、パパ! おはよー! ごはんできてるよ!」
「おはよう、ルナ。今日も元気だな」
「奥さんは旦那様のためにいつだって元気なのよぉ」
キッチンで、エプロン姿のルナが笑顔で、レダとミナを出迎えてくれる。
ルナの隣には、同じくエプロン姿のヒルデガルダがいた。
露出の激しい戦闘衣を身につけることが多かったルナだが、成人してからは心変わりがあったのか、年頃の女の子らしい格好をするようになった。
伸ばした銀髪も、日によって髪型を変えている。今日はツインテールだった。
父親としては、ミニスカートとダメージの入ったシャツを身につけているルナに冷や冷やしてしまうことがある。
レダの前では無防備なため、下着がチラチラ見えることが多いのだ。
不特定多数の人が診療所に訪れるので、気が気ではない。
相変わらずナイフを数本隠し持っているので、変な男に声をかけられても身を守れるだろうとは思うが、年頃の女の子を家族に持つといろいろ悩みが絶えなかった。
「おはよう、レダ。今日も朝から掃除か。気合が入っているな」
「うん。なんていうか、町の診療所であるけど、責任者は俺だしね。それに、俺たちが暮らす家でもあるから、綺麗にしておきたいなって」
「いい心がけだ。私たちの愛の巣が清潔なのはいいことだ」
うんうん、と頷くヒルデガルダは、エルフの民族衣装ではなく、アムルスで購入したワンピースとジーンズを身につけている。
灰色の髪をポニーテールにしているのは、きっと食事の支度をするためだろう。
「あらぁ……今、おもしろいことが聞こえたんですけどぉ。この素敵なお家が誰の愛の巣ですってぇ?」
「ふふっ。無論、私とレダのだ」
「――あのねぇ、ここはあたしとパパのハウスなの! あんたたちは、そうね、ペット枠よ!」
「変なことを言うではないか。エルフをペット扱いとはな!」
額をぶつけて睨み合うルナとヒルデガルダもいつも通りだった。
診療所に引っ越してから、誰がこの家で一番なのか争うようになっていた。
とはいえ、喧嘩をしても険悪にならないのは、彼女たちの仲のよさゆえだろう。
「――ふぁ、おは……よ。コーヒーが、ほしい、のだ」
最後に現れたのは、ピンク色の髪の毛をボサボサにしたナオミだった。
彼女は朝に弱いらしく、いつもこうだ。
ハーフパンツにシャツというラフな格好で、足元はスリッパだ。
さすがに聖剣は装備していない。
「ナオミおねえちゃん、おはよう!」
ミナが手際よくコーヒーをマグカップに入れると、テーブルについたナオミの前に持っていく。
「ありがとーなのだ」
くしゃくしゃ、とミナの頭を撫でるとナオミはコーヒーを口にした。
撫でられたミナは目を細めて気持ちよさそうだ。
レダはそんな家族たちを眺めている。
それが、ディクソン一家の日常だった。
「今日も忙しくなるかしらぁ」
「なるだろうな。少なからず怪我人というのは毎日出るだろう。それに、レダの回復魔法は腰痛や肩こりにもよく効く。しかも、治療費が安いのだから、人も集まろうというものだろう」
「ふふっ、宣伝がいらないわねぇ」
「もっとも、レダが今までこの町のためにしてきたことが宣伝だったのだ。いや、それ以上だな」
そんな会話をしながらルナとヒルデガルダがサラダとフルーツを食べている。
ミナはレダと同じく、トーストとオムレツに、ベーコンとスープに舌鼓を打っていた。
ナオミはコーヒーのおかわりをして、トーストだけかじっている。
それぞれが食べたいものを食べているが、これは朝食だけだ。
お昼は、お弁当のサンドイッチが定番で、夕食は肉や魚を主としたボリュームのある食事が多い。
「おっと、そろそろネクセンとユーリがくる時間だな」
時計を見ると、八時を過ぎたころだ。
診療所が九時から始まるので、同じく診療所で働く同僚たちが出勤してくる時間だった。
「わたしたちも準備するね」
「いつも手伝ってくれてありがとう、ミナ」
「うん!」
「私は今日も冒険者ギルドで頑張ってくるのだー」
「テックスさんたちに迷惑かけるなよ」
「わかってるのだ!」
ニュクトが町周辺のモンスターを集め襲撃を企んだものの、そのモンスターはナオミによって灰塵と化した。
おかげで最近、モンスターを見かけることすらない。
いずれ、どこからともなく現れるのだろうが、今は平和でいい――なんてことはなく、モンスターに変わって魔獣たちが我が物顔で跋扈しているのが現状だった。
被害はモンスターに比べて少ないが、人に害する種も多いため、冒険者の出番だ。
魔獣の体は至るところが素材として買い取ってもらえるため、冒険者のはりきりも違う。
ナオミも一体一体に苦戦することはまずありえないが、数が多いため面倒に思うらしく、冒険者と連携をとって討伐に当たっている。
ナオミは勇者だけあってその力は本物だ。
おかげでギルドから重宝されていた。
「パパ、あとであたしたちも手伝いにいくから」
「私は隣りで手伝うことになっている」
「ルナとヒルデも、いつも助かってる。今日もよろしく」
ルナは診療所で、ヒルデは隣りの『アムルス医院』の手伝いだ。
当初、建設予定の診療所では、治癒士と医者、そして薬師が揃って多くの人を診ることになっていたが、現在は建物の都合でふたつに分かれている。
だが、怪我人はアムルス診療所に、病人や薬を求める人はアムルス医院へ行けばよく、隣接しているため問題は起きていなかった。
両者とも診療開始は朝九時からだが、患者がいれば時間など関係なく受け入れている。
ただ、幸いなことに診療所をはじめてから、時間外にくる者はあまりいなかった。
「ご馳走様でした。ルナ、ヒルデ、いつも美味しいご飯をありがとう。さあ、今日も一日頑張ろう!」
食事を終えたレダは、食事を作ってくれた少女たちにお礼を言って、皿を流しに置くと、診療所にむかったのだった。
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