プロローグ「新しい日常」
春本番。
レダ・ディクソンは、白シャツの上から羽織った白衣姿で『アムルス診療所』の扉を開けた。
「ふぁ……今日もいい天気だ」
レダは、暖かな朝の日差しを受けて、診療所前で背伸びをする。
新生活が始まって三日目。
かつてのパーティーメンバーだったニュクトが、ここアムルスの町を襲ってから数日が経過していた。
彼女のせいで建設中だった診療所は残念ながら全焼してしまった。
だが、雑貨店を改装してもらい、新たな診療所ができたのだ。
それにともない、レダたち家族が、世話になっている宿屋から診療所に住まいを移した。
その際には、引っ越し祝いに、友人知人が駆けつけてくれてちょっとしたお祝いをしたのも記憶に新しい。
町の人たちも、レダが診療所を開くことに大歓迎で、たくさんの人が喜んでくれた。
「みんなの役に立てるのが嬉しいなぁ」
二十代半ばで、冒険者に憧れ、田舎から王都に旅立った。
王都ではうだつの上がらない冒険者だったが、誰かの役に立ちたいという気持ちは本物だった。
しかし、うまくいかず、若干くすぶってもいた。
そんな生活を数年過ごしていたある日、突如パーティーからの解雇通告。
失意に暮れるレダだったが、腐ることだけはしなかった。
レダは、心機一転を目指し、アムルスに向かうこととなる。
道中、暗殺組織に囚われながらも、必死に逃げ出したミナと出会った。
彼女と絆を深め、父と娘となる。
同時期に、治癒士としての才能に気づき、人々を助けるようになっていく。
その後、ミナを迎えにきた、ルナと邂逅する。
ルナはミナの姉であり、暗殺組織に妹を人質にされて望まぬ殺しを強いられていた。
妹を取り戻しにきた彼女だったが、レダと戦い、心の内をぶつけ合ったことで、彼女もまた娘として彼に迎えられることとなった。
治癒士をしながら家族三人で暮らしていたレダは、アムルスをはじめローデンヴァルト辺境伯領を治める若き領主ティーダ・アムルス・ローデンヴァルトと出会う。
彼の家族と、そしてひどい火傷を負い心を病んでしまったヴァレリーを助けることとなった。
以来、ティーダはレダに感謝し、友人となり、ヴァレリーは恩人であるレダに恋心を抱くこととなった。
貴族と知り合い、冒険者ギルドで仕事をする日々のレダは、エルフのヒルデガルダ・エデラーと再会する。
彼女はミナと一緒にエルフの家族を偶然助けたことでできた縁だ。
人間と関係を絶っていたエルフ、集落を襲うブラックドラゴン、そして傷ついたエルフの人々。
ヒルデガルダはレダに助けられたひとりだった。
彼女とレダ、そしてエルフの戦士達は再び襲撃してきたブラックドラゴンを迎え撃ち、見事倒した。
その報酬――というわけではないが、レダに惚れ込んだヒルデガルダと再会の約束をすることとなり、それは後日果たされる。
倒されたブラックドラゴンは、オークションにかけられ集落の復興支援金とすることとなる。
アイテムボックスを持つレダが預かっていたものの、最近になって同じくアイテムボックスを持つ冒険者に引き渡すことによって、無事に王都に運ばれた。
オークションでは、名のある貴族や商人が状態の良いブラックドラゴンを手に入れようと、かなりの大金を動かした。
その額は、人ひとりが一生遊んで暮らせる額だった。
レダはその一部をエルフから報酬としてもらい、残りは集落の復興費用として充てられた。
現在、アムルスと友好関係を築いたエルフたちの集落は、この町の職人たちによって急ピッチで復興されている。
現在、ヒルデガルダも診療所に家族として住まい、レダの手伝いをする日々だ。
そんな家族に最近になって、ナオミ・ダニエルズという少女が加わった。
彼女は焔の勇者として名高く、魔王を単身で討ち取った過去を持つ。
しかし、強すぎるゆえに孤独であった。
ナオミは対等に戦える相手を探し、勇者業を続けていた。
その過程で、ミナとルナを苦しめた暗殺組織を壊滅させた。
そこまではよかったのだが、暗殺者として才能を発揮したルナの存在を知ってしまい、わざわざ戦うためにアムルスまでやってきてしまう。
悪意こそなかったが、迷惑であることは間違いなかった。
ナオミは娘を守ろうとするレダと戦った。
その戦いで、レダに思うことがあり、アムルスに滞在を決めた。
彼女の行動理由は簡単なことだった。
要は、自分を愛してくれる人が欲しかっただけ。
勇者だから、規格外の力を持つからと、畏怖されていた少女は、ごく普通のひとりの少女として接してくれるレダたちと出会い、救われたのだ。
そんなナオミも、今はレダたちと一緒に暮らす家族だ。
普段は冒険者業を行い、町に大いに貢献している。
また彼女がいれば、モンスターに町が蹂躙されることもない。
彼女の存在は、治癒士のレダと同じくらいみんなに歓迎されたのだった。
「それにしても、アムルスにきてからいろいろなことがあったなぁ」
ふと、思い返せば大きな出来事ばかりだった。
かつてのパーティーリーダーのジールが率いる野盗たちのアムルス襲撃。
元恋人リンザが襲来し、レダたちを不快に引っ掻き回した。
そして、死刑になったジールの仇だとレダを恨み、モンスターをかき集めてアムルスを襲ったニュクトもまた、かつての仲間だった。
半年も満たない間に、あまりにも多くの出来事があった。
だが、そのおかげで家族や友人と出会うことができた。
過去も大方精算できたといえる。
ならば、あとは前に進んでいくだけだ。
三十になってようやくみんなに認められたレダは、毎日毎日を大切に過ごしているのだった。
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