エピローグ「一週間後」



 アムルスを襲ったモンスターの群れは、町に被害をもたらすことなく収束した。


 これは、勇者ナオミ・ダニエルズの存在が大きかった。


 彼女は単身でモンスターたちを一掃したのだ。


 住民たちの誰もが、ナオミ・ダニエルズの力を知ることとなった。




 おかげで、怪我人も少なく、死者はいない。


 五千を超えるモンスターの大群に町を襲われかけて、この結末は最良と言えるだろう。


 ただし、被害者もいた。




 魔術師ニュクトがモンスターを集めるために生贄にしたとされる女性ロザリーだ。


 彼女は、以前、アムルスを襲撃した野盗のリーダーだったジールの元恋人だった。


 同時に、アムルスに貢献する治癒士レダ・ディクソンの元同僚でもあった。




 そんな彼女は、落ちぶれていくジールについていけず、冒険者をやめる。


 ひとりの男性と出会い、幸せな家庭を築く――はずだった。


 ニュクトの証言から、ロザリーはモンスターを呼ぶ「撒き餌」にされ、彼女をさらう際に彼女の夫にも手を掛けているという。




 ナオミが戦闘中に、みつけた大量の血液から、誰かしらが生贄にされたことは間違い無いとされた。


 しかし、集まったモンスターにロザリーは肉を喰らわれてしまい、残骸すら残っていなかった。




 ただ、疑問なのは、血の量が二人分ほど見つかったということだ。


 もしかしたら、ロザリー以外にも生贄にされた人間がいるのかもしれない。


 しかし、なにも証拠が残っておらず、犯人であるニュクトが死亡している今、もうひとりを知るすべは誰にもなかった。






 ――そして一週間が経過した。






 野盗襲撃に続き、被害こそ最小限だったが、モンスターの群れがアムルスを襲い掛けた事実は、住民たちを大いに不安にしていた。


 しかし、そこは各地から集まった逞しい人たちだ。


 少しずつ、もとの暮らしに戻っていった。




 一部の人間は、度重なる町の危機に怯え、移住してしまいもしたが、その数は決して多いわけではなかった。




「パパ! ミナ! ヒルデ! ほら、ナオミも! 早くきなさいよぉ!」




 町の中心部の広場では、たくさんに住民で溢れかえっていた。


 今日は、今年十五歳を迎えた者、迎える者を祝う成人式だ。


 暗い雰囲気を消し飛ばそうと、お祭り騒ぎをすることに決めたのだ。




 これには誰もが喜び、参加している。


 すでに、夕方だが、酒蔵から各種酒が振る舞われて、酔っ払って陽気に歌い、踊る人たちを見かける。


 屋台が並び、子供たちが走り回る。


 賑やかで平和な日常が、ここには確かにあった。




「本番は夜だろう? 今からそんなにはしゃいだら、疲れちゃうぞ」


「もうぅ。パパったら無粋ぃ。こーゆーのは騒げるだけ騒いだほうが勝ちなのよ!」




 主役のひとりであるルナのテンションは高い。


 いつもは露出の多い出で立ちのルナではあるが、今日は大人しくも涼しげなワンピース姿だ。


 すっかり春らしい暖かな陽気によく似合っている。




「おとうさん! おとうさん! あれ食べたい!」




 ミナも姉と色違いのワンピース姿で、はしゃいでいた。


 冷やしたフルーツの盛り付けを指差して、レダにおねだりする。




「あ、ミナばっかり! あたしも!」


「ふむ。では私もいただこう」


「私も! はいはい私も食べるのだ!」




 ミナにお金を渡すと、ルナと手を繋ぎ屋台へ駆け寄っていく。


 そんなふたりに、スカートとカーディガンという落ち着いた衣服に身を包むヒルデガルダと、ホットパンツに半袖シャツのナオミが続く。


 少女たちの洋服は、この日のためにレダからプレゼントしたものだった。




「やれやれ、みんな元気だなぁ」




 三十路のレダが、元気いっぱいな少女たちに苦笑する。


 鍛えてはいるが、肉体的に衰えがはじまる年齢のため、最近、ちょっとのことで歳を取った気になってしまう。




「なにいってんだ、お前さんだって十分に若いだろうが」


「テックスさん。……と、ティーダ様」


「楽しんでいるか、レダ?」


「はい、もちろんです。おふたりとも、昼間からお酒ですか?」




 声をかけてきたのは、冒険者テックスと、この町の領主であるティーダ・アムルス・ローデンヴァルトだ。


 両者とも、ビールの入ったジョッキを手に持ち、口周りに泡をつけて幸せそうだ。




「お祭りなんだから酒を飲まなきゃはじまらねえだろう!」


「今日は妻は娘たちと一緒に、友人たちと町を回っているからね。飲んで小言を言われずにすむのだよ」


「羨ましいなぁ」




 ジーンズにシャツ姿のレダも、うっすら汗をかいている。


 できるものなら、喉を潤すためビールを飲みたい。


 が、夜、娘と一緒に成人式にメインイベントである、焚き火を囲んで踊る催しに参加する約束をしているため素面でなければならないのだ。




「ははははっ、親父は大変だな!」


「いやいや、テックスさんだってお子さんいるでしょ!」


「この町にいるわけじゃないからな、気にしなくていいってもんよ! それに、さっきまで働いてたんだから、労働のあとのいっぱいくらいバチはあたらねえさ」




 いえーい、とテックスとティーダがジョッキを掲げて、残りを飲み干した。


 ごくり、と唾を呑み込みながらレダは我慢するよう自分に言い聞かせる。




「ところで、テックスさんのほうはもう片付きましたか?」


「ぷはーっ! ああ、今日でな。勇者の嬢ちゃんがモンスターを片っ端から片付けてくれたけどよ、どうしても撃ち漏らしはあるってもんさ。まあ、この町の近くにいたモンスターは一掃できたぜ」


「しばらく冒険者の仕事は減るだろうが、領主としては町の近くにモンスターがいないのは喜ばしいよ」




 テックスをはじめ、冒険者たちは、この一週間、集まったモンスターたちの残りの片付けをしていた。


 ナオミが一掃したとはいえ、完全に纏まっていなかったモンスターの一部を撃ち漏らしている。


 無論、大きな問題では無い。




 ナオミがいなければ、大量の死者が出ていた可能性だってあるのだ、感謝しても文句を言う人間はいないだろう。


 とはいえ、ニュクトの集めたモンスターが全滅していない以上、放置はできない。




 そこで冒険者たちが、一掃することになったのだ。


 テックスの言葉通りなら、もう心配はないだろう。




「そうだ、レダ。あとでヴァレリーが合流すると言っていたぞ」


「あ、はい。そう聞いてます」


「どうやらあの子は、レダの御息女たちを実の姉妹のように思っているようだ。今日も、用事がなければ昼間から一緒にいたかったと文句を言っていたよ」


「ヴァレリー様は、孤児院の件でお忙しいですからね」




 ティーダの妹のヴァレリーは、火傷で伏せっている間に滞ってしまった孤児院の建設計画を進め始めている。


 王都と比べて数は少ないが、このアムルスでもストリートチルドレンはいる。


 冒険者ギルドや商人たちが、簡単な仕事を与えるなどしているが、それでは根本的な解決になっていない。


 教会も炊き出しなどを行なっているが、やはり住まいとなる場所が必要なのだ。


 ヴァレリーの計画に、レダも賛成し、手伝えることは手伝うと約束した。




「あの子も頑張っているよ」


「そんな妹さんがいるのに、昼間っから酒とは、いい兄ちゃんだな、領主様よ」


「私は私の仕事をしてきたし、妹から先に町で楽しんで下さい、と言われているので問題はない!」




 酔いが回っているのか、いつも以上にテックスもティーダも陽気だった。


 そんなふたりに苦笑していると、




「おとうさん!」


「パパ!」




 笑顔いっぱいの娘たちが、戻ってきた。




「はーい、パパ。甘いフルーツ食べさせてあげる。あーん」


「あ、おねえちゃんばっかりずるい! わたしも、あーん!」


「待て待て、それは妻の役目だ。あーん」


「おもしろそうなのだ! 私もやるのだ! あーん、だぞ!」




 さっそくとばかりにルナがレダにフルーツを食べさせようとすると、ミナが自分もと真似し、負けるものかとヒルデガルダも続く。


 ナオミは楽しそうだから、と笑顔だ。




「はっはっはっ。モテモテだな、レダ!」


「ヴァレリーにも負けないように言っておかないとな」




 友人たちに笑われながら、レダは家族たちの差し出したフルーツを食べていく。


 甘い果汁が口の中に広がる。




「甘くて美味しいね。でも、俺は……苦くて冷たい飲み物がほしいなぁ」


「ちょっと、パパ! 踊りの時間まで素面でいてもらうからね!」


「昼間からおさけは、めっ、だよ!」




 ルナとミナに叱られながら、テックスとティーダと別れて、町を歩いていく。




(王都をひとり旅立つ時はどうなるかと思ったけど、こんな幸せになれるとは思わなかった)




 ミナと出会い、父と娘になった。


 ルナが現れ、家族が増えた。


 ヒルデガルダと再会し、またひとり家族が増えた。


 ヴァレリーと出会い、みんなのお姉さん役ができた。


 ナオミが現れ、娘たちの友人となった。




 大変なこともあったが、それ以上にいいことばかりだ。




「おとうさん! こっち!」


「パパ! あたし、あのお店がいいわ」


「レダ! これを見てくれ、実にいいナイフだ!」


「レダレダ! お腹が減ったのだ! 何か食べたいのだ!」




 家族たちに名前を呼ばれ、レダは笑顔になる。




 ――レダ・ディクソンは、アムルスの町で幸せを手に入れたのだ。








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