66「邪神とかは気にしない方向で」


「モンスターはすべて一掃したぞ! すごいだろう!」




 ニュクトの亡骸の一部が散らないように、ハンカチに集めるレダのもとに、町の外で戦っていたナオミが空から降るようにして現れた。




「褒めていいのだぞ!」


「お疲れ様。まさかあの数をひとりで倒しちゃうとか、今でも信じられないよ」




 レダの前に立ち、胸を張る少女の頭をレダはぐりぐりと撫でた。


 ナオミは子猫のように目を細めて嬉しそうにする。




「ふふふん! あのくらい、魔王と戦ったことを思い出せば大したことがないのだ。それに、少しだけ楽しかったので、満足なのだ!」




 強すぎて暇を持て余している勇者ナオミにとって、今回のモンスターの大群の襲撃はいい暇つぶしとなったのだろう。


 はつらつとした顔をしている。




「……レダ、どうやらここに敵が現れたみたいだな。間に合わなかった、ごめん」


「気にしなくていいさ。ミナのおかげで助かった」


「ミナの? ルナではないのか?」




 首を傾げる勇者少女にレダが頷く。




「ふむむ。あのときの神々しい力はミナのものだったのか」


「神々しい?」


「気づかなかったのか? 遠くからだが、はっきりと感じ取ったのだ。あれは神聖な力なのだ。法術などとはまた違う、うーむ、そうだな、天使や神族が使う力に近いのだ」


「……天使とか神族とかいるんだ。知らなかった」




 この場に、ミナたちはいない。


 レダは、ニュクトの亡骸とふたりにしてほしいと願ったからだ。


 彼女たちは、冒険者ギルドにことの説明をしているはずだ。


 ヒルデガルダという年長者がいるので、任せてしまった。




「それよりも、なのだ」


「うん?」


「なぜ、邪神の力を感じたのか説明してほしいのだ」


「あ、やっぱりわかったんだ」


「もちろん、なのだ!」




 ミナの力を感じ取ったナオミなら当然、ニュクトが使った力にもわかったはずだと推測していたが、実際その通りだったようだ。


 レダは、ナオミが外で戦っている間に起きたことを彼女に説明した。




「ふーむ。邪神の眷属は何度か戦ったことがあるのだが、奴らの目的ははっきりしていないのだ」


「そうなの?」


「うむ。以前、聖女の奴が――邪神は世界に混乱と混沌を招く、とか言っていたけど、それもどこまで信じていいものかわからんのだ」


「……聖女様と知り合いなんだ。ま、まあ、いいや。俺はどうしたらいいかな?」


「うん?」


「いや、邪神の眷属とか現れたし、なにか警戒したほうがって思うんだけど」


「あー、そういうのはいいと思うのだ。神々は適当で、時間の感覚も人間と違っているので、のんびり屋さんなのだ。レダはレダで、今まで通りにしていればいいと思うのだ」


「そんなものか?」


「そんなものなのだ!」




 ナオミの言う通りかもしれない。


 邪神とやらが何を考えているかなど、人間のレダにはわらないし、わかる必要もない。


 ニュクトがどのように邪神の眷属を降ろしたのか気になりはするが、彼女が亡き今、考えても答えはでないのだ。




(――だけど、ミナの力が神々しいってナオミが言うなら、神的ななにかが関係しているってことだから、まったく放置ってわけにはいかないんだろうけど)




 レダとしては、ミナが隠していた力を追求することはしたくない。


 恩恵の力が明かされるときでさえ、ミナははっきりと怯えていたのだ。


 邪神の眷属を倒した力について尋ねたら、どんな反応をするのかわかる。




(それに、ミナがどんな力を持っていようと変わらない。あの子は俺の大切な娘だ)




 いつか、ミナが打ち明けてくれることを待つことにする。


 そのとき、問題があるようなら、一緒に悩み考えたい。


 それがレダなりの親の務めだった。




「そろそろみんなと合流しよう。俺も治癒士として働かないといけないし」


「私は疲れたから休むのだ。あと、美味しいものも食べたいのだ」


「はいはい。夕食は豪勢にしよう」


「わーい、なのだ!」




 テンションを上げるナオミが、レダの背に飛びついた。


 彼女を背負ったレダは、大量のモンスターと大立ち回りをしていながら元気いっぱいの少女に苦笑しつつ、先にギルドに戻っている家族と合流するために、足を進める。


 屋上の出入り口に差し掛かると、一度だけ背後を振り返る。




 レダの視線の先には、朽ち果てたニュクトの残骸が風によって散っていくのが見えた。




「さよなら、ニュクト。あの世でジールと再会できるといいな」






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