65「決着」
「え?」
ミナから驚いた声が聞こえる。
「ぱ、パパ?」
ルナからも戸惑う声がした。
だが、そんなことはどうでもいい。
「ミナ、俺は怒ってるんだ。あんな無茶をして……どんな理由があっても、あんなこと二度としないでくれ」
「パパ? あの、あのね」
「だけどね……助けてくれてありがとう」
「――っ」
「ミナのあの力がなんなのかわからないけど、隠していたのに、俺のために使ってくれてありがとう」
「――おとうさん!」
レダの言葉に、ミナも彼をぎゅっと抱きしめる。
彼女には恩恵という力もある。
今のような力も、もともと備わっていたのだろう。
ルナが知っていたのだ。間違いない。
レダに話そうとしなかったのは、ミナなりの理由があったはずだ。
娘の隠し事が気にならないといえば嘘になる。
しかし、彼女が話したくないと言えば、暴き立てることをするつもりはない。
誰だって秘密はある。
家族になったからと、すべてを共有しなければならない理由はないのだ。
なによりも、ミナは、自分の力を隠したいにも関わらず、レダの危機にバレてしまう覚悟で助けてくれた。
それだけでいい。
それ以上を望むつもりはない。
(ミナが優しい子でよかった)
「ミナ、ありがとう。悪いけど、俺をニュクトのところへ行かせてくれ。結着をつけないといけない」
「……うん」
「ルナ、ヒルデ……ミナのことを頼む」
「はぁい」
「承知したが、レダ……気を付けろよ。あの女がまだ力を隠していないとも限らない」
「ああ、わかってる」
レダは、治療は終えたものの、痛みとだるさが残る身体を引きずって、倒れるニュクトのもとへ向かった。
「……ニュクト」
「……まけちゃいー……ましたー……」
喋るのさえ辛そうなニュクトは、動く気力もないようだ。
もう一度戦いになる展開はないようで、レダは胸を撫で下ろす。
「ずいぶん、無茶をしてくれたな」
「……あははー、まさかー……レダのー……娘さんがー、あんな力をー、持ってるとはー……」
「そうだな。おかげで助かった。覚悟はいいか?」
「どうぞー……煮るなりー、焼くなりー……」
「そんなことするつもりはないよ。だけど、お前を拘束して、ギルドに突き出す。そのあとどうなるかは、お前次第だ」
レダはニュクトを自分の独断で裁くつもりはなかった。
散々迷惑をかけられたし、殺されかけもした。
家族も危険な目に遭わされた、だから私的に裁きたいと思わないわけではない。
だが、ニュクトは町にモンスターをけしかけるという、超えてはいけない一線を超えてしまった。
領主やギルドでなければ、彼女を裁くことはできないだろう。
「あははー……それはー、無駄ですー」
「反省するつもりも、後悔も、謝罪もないのか?」
「いいえー、そうではないですー……身体を酷使しすぎたようですねー……もうー……」
「……まさか」
「はいー。わたしはー、死にますー」
もしかすると、最初から死ぬつもりだったのかもしれない。
「俺たちを巻き込むだけ巻き込んで……それで満足か?」
「満足ですー。でも……」
「なんだ?」
「もっと違う選択肢がなかったかなー、なんてー」
レダは返事しなかった。
そんなことを言えばきりがない。
ニュクトが、ジールを見捨てなければよかった。
いや、そもそも、ジールが野盗などに身を落とさなければよかったのだ。
しかし、そんなことを言っても、もう後の祭りである。
「……ニュクト、お前」
レダが気付く。
彼女の身体が、白く変色しているのだ。
ニュクトの肌は、まるで水の足りていない乾燥した土のようだ。
「あー、もうー、ですかー」
ニュクトの指先が崩れ落ちた。
痛みを感じていないのか、彼女は悲鳴ひとつあげなかった。
(……こんな症状見たことない。回復魔法で治るのか?)
「待ってろ、今……」
「いいえー……これはー、回復できるものではないですー」
「……そうか」
「お気持ちだけー、受け取っておきますー」
「なにか言い遺すことはあるか?」
レダが問うと、ニュクトは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「レダもお人好しですねー。わたしなんてー、放っておけばー、いいのにー」
「それができれば苦労しないさ。性分なんだ、しょうがない」
ニュクトに対して思うことはいろいろある。
だが、これから亡くなる人間に、感情をぶつけるのも大人げないと思った。
レダは、かつての仲間だったニュクトを見送るために、心を冷静にしたのだ。
「……ではー、お言葉にー、甘えますー……もしー、体がー、のこればー……ジールとー、同じ場所にー、埋葬をー……」
「わかった」
ジールの亡骸は、町の外にある犯罪者用の共同墓地に埋葬されている。
残念なことに、彼を引き取る人間が見つからなかったのだ。
「お願いしますー……」
安心したのか、ニュクトは穏やかな顔をしていた。
そして、そのまま、二度と口を開くことはなかった。
「――最後まで迷惑かけて」
ニュクトの体が崩れていく。
「好き勝手しやがって」
衣服を残し、まるで土のように砕けてしまったニュクトの亡骸に、
「馬鹿野郎」
レダはやりきれない感情を吐き出すのだった。
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