64「ミナの力」



「ミナっ! だめだ! どくんだ!」




 自分を守ろうと、異形の前に立ち塞がったミナにレダが叫んだ。




「ミナ!? あんた、なにしてんの! 早く、逃げなさい!」


「逃げるんだ、ミナ! お前がどうこうできるはずがないだろう!」




 ルナとヒルデガルダが慌てた悲鳴をあげる。


 しかし、ミナは動かない。


 じぃっ、と異形を睨みつけるだけ。




「頼むっ、ミナ! 早く逃げてくれ!」




 懇願に近い、レダの声を耳にしたミナは、父を安心させるように振り返り、微笑んだ。




「わたしが、おとうさんのこと守るから」


「――あんた、まさか!」




 なにかに気づいたルナが目を見開いたのが見えた。


 しかし、レダはそんなことはどうでもいい。


 動かない体に鞭打って立ち上がると、一刻も早くミナを助けないとと、死に物狂いで歩き出す。




 幸いというべきか、なぜか異形はミナと一歩分の距離を取って歩を止めた。


 いや、違う。


 異形は、なぜか、一歩後退した。




 なにかに怯えるように。


 まるで眼前の小さい少女が脅威でもあるかのように、後退したのだ。




「――おとうさんのことも、おねえちゃんたちも、わたしが守るから!」




 ミナがそう叫んだ刹那、白い光が彼女を中心に立ち上った。




「――な」




 レダは唖然として言葉がない。


 ミナから立ち上るのは、彼女の魔力だ。


 ただの魔力ではない。


 魔力と、もっと違う別の力がまざりあった力だ。


 そのなにかをレダは知らない。




 また、異形が後退した。


 逃げるように、しかし、ミナから目を逸せないとばかりに、彼女に目を向けたまま、数歩後ろに下がる。




「おとうさんを傷つけて、おねえちゃんたちをいじめるお前なんて――だいっきらい!」




 ミナが両腕を異形へ向けた。


 彼女の手に、膨大な力が集中するのがはっきりと感じ取れた。


 それを見たルナが叫ぶ。




「ミナ! まっすぐ撃っちゃだめよ! 上に向けて撃ちなさい!」


「うん!」




 やはり、姉妹だ。


 ミナの隠されていた力を知っているようだ。




「ごぁあああああああああああああああああああっ!」




 異形は叫び、身を翻した。


 立ち向かうでも、抵抗するでもなく、逃げることを選択したのだ。


 その理由は、レダにはわからない。




「にがさないもん! ――いっけぇーーーーー!」




 少女の叫びとともに、掌から白い閃光が放たれた。


 目も眩むほどの光線は、瞬く間に異形の体を飲み込んだ。


 言葉にならない異形の叫びが響く。


 そして、辺りを覆う白い光が収まっていく。




「……嘘だろ、信じられない」




 レダが茫然として呟くと、眼前には異形から人に姿を戻したニュクトがいた。




「……あ……あれー、どうし……て……」




 彼女自身にも、なにが起きたのかわかっていないようだった。


 ただ目を見開き、驚いた顔をしているだけ。




「……ミナの力なのか?」




 その返事を聞くよりも先に、音を立ててニュクトが仰向けに倒れた。




「――はぁ、はぁっ……やった」




 倒れたニュクトの前には、閃光を放った体勢のまま、肩で息をするミナの姿もある。




「ミナ」


「……おとうさん」




 レダは、痛む体を思い出し、腕と肩に回復魔法をかけて治療しながら、ミナへと近づく。




「パパ! あのね! これにはわけが――」




 なにか事情を知っているルナが、レダたちのもとへ駆け寄ってくる。


 レダは、娘の話を最後まで聞くことなく、




「……俺を心配させないでくれ」




 ミナの小さな体を力強く抱きしめたのだった。








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