63「異形との戦い」⑤
ミナ・ディクソンは、普段大人しい少女であるにも関わらず、押さえられない怒りで頭が沸騰してしまいそうだった。
父と慕うレダが痛めつけられ、血を吐いて、苦しんでいる。
そんなレダを救おうと姉が異形に立ち向かい、ヒルデガルダが懸命に父を守ろうとそばから離れない。
しかし、ミナだけが、そんな家族を離れた場所から見ているだけ。
頭ではわかっている。
自分が彼らのところへ駆けつけたとしても、なんの役にも立たない。
むしろ、足を引っ張ってしまう可能性が大きい。
その結果、レダたちがどうなるかなど、想像するに容易かった。
だが、
(――ゆるせない)
感情が揺らぐ。
怒りで宿った炎が、ミナの心の中で赤く燃えていく。
(――絶対に……ゆるさないんだから)
炎は燃え広がり、心を焼いていく。
その炎はミナの感情を蝕み、理性というものを奪っていった。
それに追い討ちをかけるように、姉が倒れる。
「おねえちゃん!」
「……平気よ! ちょっと、かすっただけだから、心配しなくていいわぁ!」
異形の拳がかすっただけで、姉の小さな体が吹き飛んだ。
すぐに立ち上がって、再び攻撃を仕掛けるが、ミナの目でも異形にルナのナイフが通じていないことくらいわかる。
一歩間違えれば、父同様に重傷を負ってしまうこと間違いない姉を見ていられなくて目を逸らした。
その視線の先に、腹部の治療を終えたレダが見える。
彼は、あろうことか、立ち上がろうとしていた。
まだ戦う気なのだ。
腹部の治療は済んだものの、砕かれた腕と肩はそのままだ。
それでも、自分のために危険を犯しているルナのために立ち上がろうとしている。
「……おとうさん」
ミナはそんな父の姿に涙を流す。
彼が優しいことは痛いほど知っていた。
レダに最初に救われたのは、ミナなのだから。
だからわかる。
彼は生きてさえいれば、何度でも立ち上がるのだ。
その結果――死ぬことになっても。
「……そんなの、いや」
レダだけじゃない。
彼に肩を貸して、やはり戦おうとしているヒルデガルダも。
父が立ち上がったことが、再び戦う決意だとわかって、素直に喜べない姉も。
このまま戦い続けるだろう。
しかし、ミナは戦えない。
いや、戦ってはいけないのだ。
戦う術を持っておらず、あんな異形の一撃を避けられるほど動きが機敏でもない。
回復魔法が使えるわけでもないし、ナイフや弓矢だって使うことができない。
「――でも」
たったひとつだけ、できることがある。
「おとうさん!」
レダが、最後まで立ち上がることができず、崩れ落ちた。
ヒルデガルダがレダの名を叫ぶ。
ルナと戦っていたはずの異形が、レダに視線を向け、再度彼を害しようと動き出す。
必死になってルナが止めようとしている。
ナイフを突き立て、抉り、挑発する。
だが、異形はすべて無視した。
レダ以外、眼中にないと言わんばかりに、真っ直ぐにレダへ向かう。
「だめ」
ミナは震える拳を握りしめた。
「そんなの、だめ」
恐怖と怒りで体の震えが止まらない。
だけど、一歩前に出た。
「――おとうさんを守らなくちゃ」
一歩踏み出せば、二歩目は簡単だった。
三歩、四歩と進み、走り出す。
「ミナっ! くるな!」
父の叫びを無視して、地面を蹴ったミナは滑るように異形の前に立ち塞がった。
「おとうさんをいじめるな! おまえなんて、怖くないんだから!」
次の瞬間、ミナの瞳が青白く輝いた。
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