61「異形との戦い」③



「――くそっ!」




 異形の一撃をレダが障壁を張って受け止める。


 しかし、異形の拳は、難なく障壁を砕き、レダの腕をへし折った。




「づっっぁああああああああああああああああっ!」




 そして、そのまま彼の肩まで砕いてしまう。


 石造りの床を容易く陥没させる一撃を、レダは防ぐことができなかった。




「レダ!」


「パパ!」


「おとうさん!」




 重症と言っても過言ではないレダの負傷に、家族が叫んだ。




「……あ……っ……」




 異形の一撃は、レダの骨を砕いただけではおわらなかった。


 肉を潰し、大量の出血をさせている。


 激痛と、ショックで動けなくなったのか、レダの体が動いてくれない。


 頭では、即座に回復すべきだとわかっているのに、体が思考についてこなかったのだ。




「レダっ! 次が来る! 早くにげろ! ――っ、おのれ!」


「おとうさん! おとうさん!」


「ミナ! だめっ! 動かないで!」




 膝をつくレダに向かい、異形が足を振るった。


 ミナが叫び、飛び出そうとするのを、ルナが必死に押し留める。




「レダ! 避けろ!」




 ヒルデガルダの声がレダの耳に届いているものの、肝心な体がいうことを聞いてくれなかった。


 レダはそのまま異形に腹部を蹴り上げられる。


 体が浮き、宙を舞う。


 しばらく浮遊すると、地面に叩きつけられた。


 二度、三度、とバウンドすると、勢いよく転がっていく。




「パパぁ!」


「おとうさんっ、いやぁあああああ!」




 娘たちの悲鳴が聞こえるのに、レダは痛みで呻くだけ。


 彼女たちを安心させることも、大丈夫だ、と言ってやることもできなかった。




「――げほっ、ごほっ、おえぇ……」




 仰向けに倒れているレダは、血を吐き出した。




「レダ!」




 ヒルデガルダが近づき、彼の体を横向きにする。




「血を吐け、喉に詰まらせるな!」


「……うっ……げほっ、ごほっ……」


「そうだ、それでいい。まだ意識があるな? ならば、自分を回復するんだ! 時間がないぞ! 早く!」




 ヒルデガルダは、レダの手を取り腹部へ持っていく。


 折れた腕や、砕かれた肩も重症だが、蹴られた腹部もまずいことになっていると判断した。


 吐血を繰り返すということは、内臓にダメージを負っているということだ。


 なので、第一に腹部を治療させたかった。




「……あ……う……」




 しかし、レダの動きが鈍い。


 そもそも意識がはっきりしているかさえ怪しい。




「レダ! お前が治療しなければ誰が治療するのだ! お前がお前を救うんだ! 早くしろ!」




 返事はない。


 ヒルデガルダが唇を噛んだ。




「ヒルデ! パパを早く逃せて! くるわよ!」


「おとうさん!」




 負傷したレダにターゲットを絞ったのか、もしくは異形となる前のニュクトがそうさせるのか、化け物はレダを見据えて向かってくる。




「忌々しい奴め!」




 ヒルデガルダが魔法を放つも、異形は傷ついても止まらない。


 その歩こそゆっくりではあるが、確実に近づいている。




「レダ、すまん!」




 謝罪したヒルデガルダは、レダの砕けた肩を掴んだ。




「――っっあああああああああああああああああああああああっ!?」




 激痛により、混濁していた意識を強制的に取り戻させられる。




「レダ! 治療しろ! 早く!」




 言われるがまま、レダは魔力をほぼ無意識に使った。




「………………回復」




 淡い光がレダの腹部を包む。




「よし。これでなんとかーーっ!」




 レダが回復魔法を使ったことに、とりあえずの安堵の息を吐くヒルデガルダだったが、すぐに顔を硬らせる。


 もう手の届くところに異形が立っているのだ。


 まるで苦しんでいるレダを眺めているような目をしていた。


 ――にたり。




「――っ」




 ヒルデガルダには、間違いなく異形が笑った気がした。






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