60「異形との戦い」②



 レダは娘たちを、異形から一番遠い場所に降ろした。


 できることなら、冒険者ギルドから離れた場所に、娘たちを隠したい。


 しかし、異形があとを追いかけてきたら困る。


 他の人間まで巻き込むのは得策ではない。




「こっちだ化け物!」




 ヒルデガルダが風の刃と氷の槍を放ち、注意を引こうとする。


 だが、風の刃は異形の身体の表面を軽く切り裂く程度であり、氷の槍はふるわれる腕で砕かれてしまい届かない。




「――っち。理性がなさそうな割には、攻撃されると対応してくるのか」




 今も、異形は床を砕き、暴れている。


 一見すると、理性的ではないのだ。


 しかし、攻撃されると、危機感はあるのか、避け、防御するのだからタチが悪い。




「……困ったな。あれが本当に邪神の眷属を降ろしたものなのかわからないけど、放置はできそうもないな」


「ねえ、パパ。あたしも戦うわ」


「いや、ルナはミナのことを守っていてほしい。いつあれがこっちに向かってくるのかわからない。最悪、俺とヒルデを放って逃げれるだけ逃げてほしい」


「でも!」


「頼むよ、ルナ」


「……わかったわ。わかりましたよ! ミナのことはあたしが守ってあげる。だからパパも気をつけてね!」


「ありがとう」




 聞き分けのいい娘の頭を優しく撫でる。




「ミナ、お姉ちゃんのいうことをちゃんと聞くんだよ。危なくなったらすぐに逃げるんだ。いいね?」


「……うん。おとうさんも気をつけてね」


「もちろんだ」




 ミナも表情こそを不安を隠せていないが、わがままを言うことなく素直に頷いてくれた。


 レダは、ミナの頭をも一緒に撫でる。


 これで憂いなく戦える。




「よし!」




 レダは娘たちに背を向けて、異形に向かう。


 異形はレダの接近に気づき、顔をあげて咆哮を放った。


 耳が痛くなり、背筋が震える。


 体が吹き飛ばされてしまうのではないかという衝撃だった。




「――風よ!」




 魔力を最大に込めた斬撃を放つ。


 唸る風の刃は、真っ直ぐに跳び、異形を捕らえる。




「……そんな姿になっても血は赤いんだな」




 上腕を深く切り裂かれた異形から鮮血が吹き出した。


 だが、痛みを感じていないのか、傷口に見向きもしない。


 ただし、攻撃をされたことはわかったのだろう。


 怒りの声を発し、突進してくる。




「……くっ、面倒な奴だな!」




 巨体の突進はそれだけで脅威だ。


 しかし、単調に突っ込んでくるだけなら、いくらでも避けようがあった。


 地面を蹴って横に飛ぶ。


 異形の巨体が通り過ぎた。




「そのまま落ちてしまえ!」




 無防備の背中に魔術を放つ。


 高密度に凝縮された炎をぶつけ、その勢いで屋上から叩き落としてしまおうとと考えたのだ。




「レダ! 加勢するぞ!」




 ヒルデガルダも続く。


 風の刃を吹き荒らし、異形の巨体を傷つけていく。




「ぎゃぁあああぁあああああああああああああっっっ!」




 異形は悲鳴を上げた。


 が、屋上から落とすには、魔術の威力が足りなかった。


 異形は足に力を入れて、その場でふんばりレダとヒルデガルダの攻撃に耐えたのだ。




「くそっ!」


「おのれ! レダ、まだだ、畳み掛けるぞ――っ!」




 ヒルデガルダが言葉の途中で、声を失う。


 今まで、単調な動きしかしていなかった異形が、地を這うように接近したのだ。




「――馬鹿な」




 今までより早い。


 あっという間に間合いを詰められたヒルデガルダの瞳には、ハンマーのごとく拳を振り上げる異形の姿があった。




「――っ、ヒルデ!」




 レダはなにも考えずに地面を蹴った。


 そのまま腕を伸ばし、ヒルデガルダの身体を押し飛ばす。




「レダ?」




 しかし、ヒルデガルダの代わりに、異形の真正面に体を置いてしまった。




「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!」




 叫んだ異形は、たとえ目の前の人物がヒルデからレダに変わっても、構うものかと拳を振り下ろす。




(――やば)




 迫りくる拳。


 ぶつかればただでは済まない。


 下手をしたら、ひき肉になってしまうかもしれない。




(だけど、ヒルデたちが傷つくより、ずっといい)




 半ば諦めるように、レダは笑った。


 抵抗を諦めたわけではないが、異形の一撃を避ける余裕がなかったのだ。




「おとうさん! おとうさん!」




 娘の声が聞こえる。


 しかし、返事をする余裕はなかった。


 次の瞬間、異形の拳が容赦無くレダに向かい振り下ろされたのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る