59「異形との戦い」①
「……本当に、ニュクトなのか? おい、なんとか言えよ!」
異形と成り果てた女性に、レダが叫ぶ。
そもそも、レダには目の前の怪物が本当にニュクトなのか判断さえできない。
彼女の名残などなにもないのだ。
紫色に肥大した肌。
大木のように太い手足。
牙が生えそろい、赤い瞳、毛のない頭部からは二本の角が生えている。
体格など、レダを見下ろせるほど高い。
とてもじゃないが、元人間だとは思えない変貌を遂げていた。
「ニュクト!」
「がぁああああああああああああああああああああっ!」
レダに対する返答は雄叫びだった。
宙に浮いていた異形が、音を立てて冒険者ギルドの屋上に着地する。
ずしんっ、と建物が大きく揺れた。
「ぱ、パパ? あれなに? なんなの!?」
ルナが悲鳴を上げる。
ミナに至っては声もないほど、恐怖していた。
「……ヒルデ、あれが邪神の眷属、でいいのか?」
「わからない。私だって見たことはないんだ。ただ、あの禍々しい姿を見ていると、そうだとしか思えない」
「あれが邪神の眷属を降ろした結果でも、そうじゃなかったとしても、放置はできないだろ?」
「無論だ。というよりも、向こうはこちらを敵と認識しているのではないか? こちらを見て、唸りをあげているぞ」
ヒルデガルダの言葉通り、異形がこちらを見て、耳障りな声を出していた。
「……あのさ」
「うん?」
「こっちっていうか、俺を睨んでない?」
「……かもしれん」
「いや、絶対俺のこと睨んでるよ! ――って、ほら来たぁ!」
唸りを上げて睨んでいた異形が、屋上の床を蹴って疾走した。
その勢いで、屋上の一部が砕けてしまう。
「――早いっ! ヒルデ、障壁を硬くしてくれ!」
「もうしている!」
異形がどれほどの力を持っているのか不明だが、邪神の眷属ということを考えて、念には念を入れて防御に徹する。
しかし、
「がぁあああああああああああああああああああっ!」
異形のふるった拳は、レダたちを守る障壁を砕いた。
「――な」
ガラスが砕ける音がして、障壁が粉々となる。
そのままの勢いで突っ込んでくる異形から、レダはミナとルナを抱えって大きく飛んだ。
ヒルデガルダも、単身で跳躍して逃げることに成功する。
「――馬鹿な。ドラゴンのブレスだって短時間なら受け止められる私の障壁を、ああも容易く砕くことができるとは……」
「ヒルデぼうっとするな! 次が来るぞ!」
自慢の障壁を破壊されたショックを覚えていたヒルデガルダに、レダが怒鳴る。
ヒルデガルダがハッとしたときには、眼前で異形が拳を振り上げていた。
「お、おのれ!」
とっさに障壁を張ることに成功するも、ヒルデガルダは再び障壁を砕かれ、吹き飛ばされてしまう。
「きゃぁああああああっ!」
地面を転がるヒルデガルダに、娘たちを抱えたレダが駆け寄る。
「大丈夫か、ヒルデ?」
「あ、ああ、問題ない。しかし、厄介だな」
冷や汗を流すヒルデガルダ。
レダも同じだ。
異形がニュクトだとすると、力が想像以上に跳ね上がっている。
このまま戦って勝機があるのかとさえ、疑ってしまう。
「ねえ、パパ。抱きしめられてるのは嬉しいけど、戦うならあたしも手伝うわ」
「だけど、ルナ。どうやって戦えばいいんだ?」
「えっと……パパとヒルデが魔法で動きを止めて、あたしがナイフ?」
「そもそもナイフが効くのかどうかもあやしいぞ?」
「目や口を狙えば、通るでしょ」
「……っ、またくるぞ!」
異形は作戦会議すらさせてくれない。
突っ込んでくる異形が、またしても拳を振り上げる。
動きはどうやら単調のようだ。
動きもそれほど速くないため、攻撃を避けるのは難しくなかった。
が、
「――この馬鹿力が!」
「あんなの食らったら一発でミンチになっちゃうんですけど!」
「ヒルデ! 離れて攻撃だ!」
「わかった!」
異形の一撃は、床を蜘蛛の巣状に陥没させるほどの威力があった。
障壁を単純な拳の一撃で破壊できるのだから、この威力に納得ができる。
しかし、障壁を張っても突破してくる相手とどう戦えばいいのか。
レダは、咆哮をあげる異形から目を離すことができないまま、冷や汗を流すのだった。
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