57「レダ対ニュクト」②




「黙れっ、黙れっ、黙れっ! しかたがないじゃないですかー! あのジールについていけるはずがなかったんですー!」




 ニュクトが、涙を流し叫び続ける。




「そもそもレダのせいじゃないですかー! ジールを狂わせてー、追い詰めてー、殺したんですー!」


「もしかしたら、俺にも責任があるかもしれない。俺はちゃんとジールと向き合うべきだったかもしれない。だけど、ニュクトは向き合ったか? 彼のそばにいることだってできたのに、見捨てたんじゃないのか?」


「うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ! 説教してくれなくていいですー! はいー、認めましょうー! わたしはー、確かにジールを見捨てましたー! そりゃー、そうですよー! あいつー、自分のことしかー、考えてなかったんですもんー」




 ニュクトはジールを見捨てたことを認めた。




「だけどー、愛してもいたんですー! 見捨てたからー、想いを自覚したからー、もうジールが死んじゃっているからー、せめて復讐だけでもー、したかったんですー! それのー、どこがー、悪いですかー!」


「俺を憎むのなら、俺の前に現れればよかったんだ。お前のしていることは、復讐じゃない。子供の八つ当たりだ」


「だったらなんだっていうんですかー! 別にー、こんな町の連中がどうなろうとー、知ったこっちゃないですー! 死んだってー、痛くも痒くもないですー!」


「……そうか、ならもういい。最後に説得したかったんだけど、やっぱり無理なんだな」


「無駄でしたねー、わたしはもうー、すべきことをー、決めていますー」


「なら、かかってこい! 俺が相手をしてやる!」


「――っ、はー! 回復魔法が使えるからって、戦えると勘違いしているなら、ただの馬鹿ですー。お前の大事な家族の前でー、八つ裂きにしてやりますー!」




 身構えたレダにニュクトの魔術が殺到した。


 殺傷能力を高めた石の鏃だった。


 レダは、迫りくる攻撃を、障壁と足を使って避けていく。




「逃げ足だけはいいみたいですねー」




 逃げと防御に徹したレダを嘲笑するニュクト。


 だが、そのおかげで、彼女の攻撃の手がわずかに止まった。


 その隙を逃すほどレダはお人好しではない。




「逃げるだけじゃないぜ。――拘束しろ」




 詠唱ですらない短い命令を放つと、レダの掌から魔力で編まれた鎖が数本飛び出した。




「――なーっ」




 レダの反撃に、慌て逃げようとするニュクトだったが、遅い。


 鎖は彼女の四肢に絡みつくように巻かれ、宙に浮かぶ彼女を拘束した。




「いい加減に降りてこい!」




 鎖を握りしめ、力の限りニュクトを引っ張る。


 動きを拘束されてしまったニュクトは、レダの腕力に負けてしまい、冒険者ギルドの屋上へ落ちた。




「――ぐっ、あっ、な、なんですかー、これー」


「単純な拘束魔法だよ。ただし、俺の魔力をこれでもかってほどつぎ込んであるから、簡単に逃げられるとは思わないことだ」




 じゃらじゃら、と音を立てて、鎖の本数を増やし、ニュクトの拘束を硬くする。


 もうこれで、宙に逃げることは許さない。




「っ……忌々しいですー。本当にー、この鎖からー、逃げるのは難しいみたいですねー」




 もがくニュクトだが、レダの言葉が嘘じゃないとわかったのか、大人しくなる。


 代わりとばかりに、ニュクトがレダを睨んだ。




「それでー、動きを封じてどうするんですかー? 降伏なんてしませんよー」


「だろうね。なら、意識を刈り取らせてもらうよ」


「できるものならどうぞー」




 強気のニュクトであるが、彼女は今までずっとレダたちと距離を取り続けていた。


 浮いているだけでも魔力を消費するというのに、彼女は常に宙にいたのだ。


 かつて一緒に行動していたからわかる。


 彼女は接近されるのを嫌がっていた。




 理由は簡単だ。


 ニュクトは、魔術以外がからっきしなのだ。


 体力は少なく、体術も苦手。


 接近されて魔術を封じられてしまうと、途端になにもできなくなる一面を持っている。




 かつては、ニュクトが手をかけたといったロザリーが、盾役として彼女のことを守り、傷つくとレダが回復していた。


 だが、今のニュクトはひとり。補う手段ない。




「少し乱暴になるから謝っておくよ」




 そう告げ、彼女の意識を奪おうと近づく。


 次の瞬間、ニュクトが邪悪に笑った。




「馬っ鹿ですねー、レダー! 勝ったと勝手に勘違いして近づいてくるのを待っていましたー! 今度はこちらの反撃ですー!」


「――っ!」


「奥の手を使わせてもらいますねー!」


「なにを」


「――邪神の眷属よー、我に力を与えたまえー! 我が肉体ー、命ー、魂をー、すべてをー、ささげましょー! だからー! 憎きこの男とー! その家族にー、復讐の鉄槌をー!」




 ニュクトの叫んだ刹那、彼女の体は深い闇によって包まれるのだった。






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