56「レダ対ニュクト」①



 放たれた風刃が唸りをあげてレダたちを襲う。


 が、ヒルデガルダが一歩前に出て、障壁を張ることですべての攻撃を防いだ。




「おみごとですー」


「……こんなものか」


「……なんですってー?」




 失望の顔色を見せたヒルデガルダに、ニュクトが不機嫌な顔をした。




「レダに復讐、町を襲う、などと豪語しているので、どれほどの実力かと期待していたんだがな。まさか、そこそこ程度の魔法使いでしかないとはがっかりだ」




 明らかな嘲笑を浮かべるヒルデガルダに、ルナが同意するように続けた。




「ちょっと、ヒルデ。そんなこと言ったらかわいそうじゃない。だって、パパが所属していた冒険者パーティーのメンバーだったんでしょ? リーダーがあのしょぼいジールって馬鹿男なんだから、そいつの元カノなんて、考えるまでもなくしょぼいに決まってるじゃない」




 明確な挑発。


 しかも、ニュクトが復讐に走ることになったきっかけであるジールの名を出す徹底ぶりだ。


 彼を馬鹿にした上で、ニュクトも馬鹿にする。


 正直、言い過ぎだ、とレダが冷や汗を流した。




「そういえばそうだったな。あのみっともない男の女だったな。失礼した。どうやら私はお前のことを過大評価していたようだ」


「……このっ!」




 ヒルデガルダとルナの挑発に乗ってしまったニュクトが、次から次に魔法を撃ってくる。


 不可視の風の刃が、灼熱の火炎が、石の鏃が、レダたちを殺さんと襲いかかってくる。


 しかし、ヒルデガルダが展開している障壁は、その攻撃全てを通さなかった。




「無駄だ。私がいる限り、お前がレダたちに害を成すことはできない」


「……忌々しいエルフですー。でもー、わたしがー、なにもー、準備をしていないとー、思っているんですかー?」


「ほう? なにか準備をしているのか? 良い心がけだ。いいだろう、見せてみろ――などと言うわけがないだろう」




 懐からなにかを取り出したニュクトの腕を、ヒルデガルダが放った風の刃が切り裂く。




「――っ、ぐっ、くそ!」




 鮮血が舞い、ニュクトの手からなにかが落ち、そのまま地面へ。


 小さな陶器が割れる音が聞こえてきた。




「どうせドーピングの類だろうが、そんなものを使わせる暇など与えるわけがないだろう。お前は風が得意のようだが、私もだ。同じ風使いなら、実力は私の方が上だ」


「……なにが言いたいんですかねー」


「つまり、お前がなにかしようとしても、私の攻撃がお前を捉えるのが早いということだ。もう一度、試してみるか?」


「……本当に腹が立つエルフですー」




 隠し持っていた手段を使わずに奪われてしまったことで、ニュクトは忌々しいとばかりに顔を歪めてヒルデガルダを睨んだ。


 睨まれた本人は涼しい顔をしている。


 障壁を張りながら、器用に魔法で攻撃をして見せたヒルデガルダは、彼女の言葉通りの余裕がある。




 おそらく、ニュクトも同じように感じているのだろう。


 次の手をどうするのか悩んでいるようで、動きが止まっている。


 その隙に攻撃をしかけないのは、ヒルデガルダなりにニュクトのことを警戒しているのかもしれない。


 すくなくともレダの知るヒルデガルダという少女は、戦場で敵を侮ったりしない。




「ニュクト、もうやめよう」


「……なんですってー?」


「ヒルデに勝てないのはわかっただろう? このまま続けて何になる。投降してくれ」


「ふざけんなですー。投降ー? バカじゃないんですかー? 復讐の途中で、負けを認めるわけがないじゃないですかー!」




 このままずるずる戦っていても意味がないと判断したレダが、投降を提案するが、ニュクトは一蹴してしまった。




「……パパ。あたしが替わろうか? あんな女なんて、さくっと」


「ルナ。俺のために言ってくれているのはわかるけど、大切な家族に誰かを傷つけてほしいとは言えないよ」


「――っ、もうっ、パパったら、甘いんだから!」


「ヒルデも守ってくれてありがとう、このままミナとルナを守っていてほしい」


「レダはどうするつもりだ?」


「俺は、自分の手で決着をつけることにするよ」




 家族に感謝の気持ちを伝えると、レダは障壁の外へと出る。


 復讐に燃えるニュクトを止めなければならない。


 放っておけば、彼女は自分の家族を、この町を再び襲うだろう。


 すでに一線を超えているニュクトなら、躊躇いなく無関係な人を巻き込みもするはずだ。




(できることなら、説得して、投降させることができればよかったんだけど。残念だよ)




「いい度胸ですー。他人任せにしていればよかったのにー、変な正義感出してー、イライラしますー」


「他人じゃない。家族だ」


「どうでもいいんですよー、そんなことー! ていうかー、血の繋がりがないくせにー、家族ごっことかー、気持ちが悪いですー!」


「そっか。ニュクトはそう見えるんだな。だけど、俺はそうは思わない。血の繋がりがすべてじゃない。一緒にいたいと、大切だと思える人がいるのなら、それは家族だ。ニュクトにはそんな人がいないのか?」


「――その大切な人をわたしから奪ったんじゃないですかー!」


「本当にジールをそこまで愛していたのか? なら、どうして、あいつが堕ちていくのを止めなかった?」


「だまれー!」


「もし、俺の家族が、大切な人が道を間違えたら、俺はどんなことをしても止めるし、一緒に元の道へ戻れるように努力する。ニュクトはジールにそうしたか?」


「黙れ!」


「なにもしなかったくせに、あとになって愛しているとか、復讐とか言われても、軽いんだよ!」


「だまれぇええええええええ!」




 レダの言葉にニュクトが絶叫した。








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