51「動き出したニュクト」




 迫りくるモンスターの大群に向けて、ナオミは聖剣の一撃を放った。


 真紅の炎が斬撃と化した一閃は、先頭のモンスターを五百体以上、一瞬で両断し、灰にした。




「まだまだなのだ!」




 にぃ、とナオミは笑う。




「私にとって、この程度のことなど、危機でもなんでもないのだ!」




 再び、炎の斬撃。


 一度、攻撃を放つたびに、多くのモンスターを巻き込んで焼いていく。


 その力はまさに勇者にふさわしいものだった。




 手助けなど必要ない。


 自警団や冒険者が、そんなことを考え棒立ちになってしまうほど、ナオミの力は圧倒的だった。




「――私を倒したければ、魔王でも連れてくるのだ!」




 三度目の攻撃は、さらに強力なものとなる。


 炎の翼がナオミの背から生える。


 彼女は地面を蹴ると、天高く舞い上がった。


 そのまま、空から急下降し、モンスターの群れの中心にまるで砲弾のように降り注いだ。




 轟音が響く。


 熱波がモンスターたちを焼き尽くしていく。


 群れの中心で、ナオミが翼を広げ、羽ばたくたびに、近くにいたモンスターが消しとんだ。


 これで、群れの半分が消滅した。




 残っているのは、それなりに強い個体たちだ。


 しかし、ナオミにとって、警戒する敵に値しない。


 緋色の勇者は、聖剣を振り回し、一度の斬撃で十数体のモンスターを両断していく。




 ――その姿は、まさに無双。




 ものの数分で、モンスターは残り三分の一となってしまう。


 無論、モンスターたちもただでやられるわけではない。


 中にはナオミを倒さんと、咆哮を上げて襲いかかってくる個体がいた。


 その個体は、アムルスにいる平均的な冒険者なら、数人がかりでようやく倒せる実力を持っていた。


 しかし、相手が悪かった。


 個体は、ナオミに近づいただけで、炎の翼に焼かれて一瞬で灰になる。




 モンスターの中には、ついに逃げ出す個体も出始めた。


 だが、ナオミは逃亡を許さない。


 周辺のモンスターが集まっているのなら、すべてを駆逐してしまえば町は安全なのだ。




 いずれモンスターの数は増えて元に戻るだろうが、しばらくの間だけでも、町の脅威は減ることになる。


 自分を受け入れてくれたレダたちが住うアムルスのために、ナオミは手を抜くつもりはなかった。




「まだまだいくのだ! 勇者なめんなーっ!」








 ◆








 ナオミの快進撃を離れた場所で宙に浮き、眺めている者がいた。


 ニュクトだ。




「うわー、まさかー、勇者が戦うとは思いませんでしたー。これじゃー、町をどうこうできませんねー。残念ですー」




 あまり残念に聞こえない彼女の口調だが、それを指摘する人間はいない。


 かつての友人は生贄に、名ばかりの協力者はモンスターに喰われてしまった。


 実に容易くふたりの命を奪っていながら、ニュクトに罪悪感は微塵もない。


 所詮、裏切り者と、救いようのない悪党なのだ。


 死んだほうが世のためになると考えていた。




「でもでもー。これでよかったのかもしれませんー。レダの近くにー、勇者がいたらー、それはそれでー、面倒だったのでー」




 ニュクト程度の実力では、勇者を相手にしても瞬殺されただろう。


 規格外が服を着て歩いている存在に、喧嘩を売るほどニュクトは短慮ではない。


 なによりも、勇者などどうでもいい。


 狙いはレダなのだから。




「邪魔なー、勇者がー、モンスターを相手にしている間にー、わたしはレダを殺すとしましょー」




 もうモンスターでアムルスを窮地に追い込む作戦は捨て、レダだけを標的として動きは締める。


 彼女は、魔法によってレダの姿を捉えていた。




「よかったですー。間抜けにもー、外にいてくれてますー。ちょうどよく、娘さんもいますしー、みんな仲良くー、あの世いきにー、しましょー」




 浮遊していたニュクトは、歪んだ笑みを浮かべると、アムルスの街へ向かい飛んだのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る