50「ナオミの理由」




 ナオミ・ダニエルズは焔の勇者と呼ばれている。


 それは、真紅の炎を自在に操り、高火力の攻撃で敵を屠るからだ。


 類稀な膨大な魔力を生まれ持ち、聖剣に選ばれた。


 勇者になるために生まれてきたと言っても過言ではない。




 しかし、ナオミにとって、自身の持つ才能も境遇も決して嬉しいものではなかった。


 実の両親は、幼くして快活に、素手でモンスターを圧倒できる娘を受け入れることができなかった。


 愛そうとはしてくれた。


 憎まれていたわけでもない。


 ただ、恐れられていたのだ。




 ナオミの力が、いつ、なにかの拍子で自分たちに向かうのではないかという怯えがあった。


 そのせいで、親子の関係は最悪だった。


 そんな日々に嫌気が差し、まだ十歳だったナオミは家出同然で生まれ育った故郷を出た。


 冒険者への登録方法がわからなかったので、単独で冒険者まがいのことをして生活をしていた。




 ナオミの力を持ってすれば、モンスターや魔獣の害に困っている人は諸手を挙げて歓迎してくれた。


 誰かに感謝されているときだけ、ナオミは自分の持つ力を受け入れることができていた。




 ナオミは実戦を重ねることで強くなっていく。


 もともと持つ才能に、経験が追加され、彼女の強さは伸びに伸びた。




 そして、四年前。


 ひょんなことから教会が管理している、持ち主が長年不在だった聖剣を抜いてしまい、勇者となる。




 そのあとは、退屈であったり、つまらなくもあったが、強敵と戦えるチャンスを得た。


 そのころのナオミは、強者と戦うことでしか、自分を満たせなかったのだ。


 超越者と呼ばれるほどの力を得てしまったゆえに、孤独だった。


 本気で戦えない鬱憤もあった。


 ナオミが全力で戦えば、地形さえ変えてしまえるのだ。


 おいそれと力を出せないことも、彼女の不満を与えていた。




 そんなナオミを唯一満足させてくれたのが魔王だった。


 進行してきた魔王軍を、国境に押し留め、四天王を名乗る幹部を倒した。


 最後に現れたのが、魔王軍を率いる魔王だった。




 彼女との戦いは、ナオミですら敗北を覚悟するほどだった。


 地形が変わるほどの力を出しても、魔王には届かず、防戦一方。


 聖剣と炎の力技で戦うナオミに対し、魔王は闇と氷を自在に操るテクニックタイプだった。


 相性の悪さもあったが、魔族の頂点たる魔王と勇者になって間もないナオミでは、経験もなにもかもに差があったのだ。




 ――おかげで、ナオミははじめての全力を出せた。




 全力を超えた、本気の全力。


 生まれて初めて、後先を考えない本気の力だった。


 結果、ナオミは魔王に勝利した。


 全力を出し切って、立つこともままならなかったが満足した。




 しかし、魔王との戦いが終わったナオミに待っていたのは、称賛と、畏怖と、退屈だった。




 つまらない。


 自分に愛想笑いを浮かべ、心にも無いおべっかを使う貴族たちが。


 自分に怯え、その力を利用しようと企む、教会の人間や王族たちが。


 強すぎる故に、誰からも距離をおかれ、孤独を感じずには居られなかった。


 戦場を共にした戦友たちでさえ、まっすぐに目を見てくれない。




 絶望こそしなかったが、こんな世界に諦めかけていた。


 憂さ晴らしと、退屈しのぎに「正義の味方」を名乗り、かたっぱしから悪党退治をはじめるも、おもしろいはずがない。




 だが、そんな折り、とある暗殺組織を壊滅させたところ、組織を逃げ出した敗北知らずの暗殺者がいるとしった。


 興味を覚え、その人物の足取りを追いかけ、アムルスという辺境の田舎町にたどり着いた。




 目的の人物は、自分と歳の変わらない少女だった。


 しかし、圧倒的に境遇が違っていた。


 彼女――ルナ・ピアーズは、名前をルナ・ディクソンと変え、妹と一緒に、父親に愛されていた。




 とても羨ましかった。


 彼女の過去を暴露したことは、今では反省しているが、もしかしたら嫉妬したからという理由もあった。




 ルナに戦いを求めると、彼女の父親を名乗るレダ・ディクソンが立ち塞がった。


 やはり、羨ましい。


 きっと自分の父親は、自分のために身を犠牲にしようとは思わないだろう。


 同時に、レダがどこまで本気で、血の繋がりのない少女を娘と思っているのか知りたくて、戦ってみた。




 レダはルナを娘と思っているのかわからなかった。


 しかし、大切な家族だと思っていることは間違いないとわかった。


 ナオミはルナが心底羨ましかった。


 そして、レダに興味を覚えた。


 同時に、期待してしまったのだ。




 ――他人を家族として受け入れるのであれば、自分のことも家族にしてくるかもしれない。




 結局のところ、ナオミは愛情に飢えていただけだ。


 心から褒めてもらいたい。


 ときには叱ってもらいたい。


 一緒に食事を取るだけでも構わない。


 孤独にしないでほしかった。




 そんなナオミの願いは、実にあっさりと叶うこととなる。


 レダは、厄介ともいえるナオミを意外にも簡単に受け入れた。


 家族同然、娘のようにとはいかないが、一緒に暮らす少女くらいには見てくれたのだ。




 彼はナオミと戦ったにも関わらず、恐れなかった。


 彼の手伝いをすると「ありがとう」と頭を撫でてくれた。


 失敗することがあっても怒ることもない。笑顔で「次は気をつけよう」と励ましてくれる。


 ちょっと反抗的な態度を取ってみると、軽く頭を小突かれ、叱られた。


 食事は、当たり前のように揃って食べた。




 自業自得とはいえ、ルナの敵意を買ってしまったが、彼女はそんな父親の態度を見てか、感情を押さえ、軟化してくれていった。


 彼女との会話が増え、ときには口喧嘩もする。


 ミナは自分のことを「ナオミおねえちゃん」と呼んでくれるし、ヒルデガルダも気安く「ナオミ」と呼んでくれた。




 求めていたものがあっさりと手に入ったことへの驚きもあるが、それ以上に嬉しかった。


 すると、次なる欲望が湧いてきた。


 ルナと友達になりたい。


 レダたちの家族なりたい。




 無理だとわかっていても、望んでしまう。




 そのきっかけになればいいと、ナオミははじめて誰かに誕生日プレゼントを渡した。


 自分を敵視していたはずのルナは、お礼を言ってくれた。


 こちらが御礼を言いたかった。




 そして、アムルスの町にモンスターが襲ってきた。


 きっかけは、魔法使いが操っているのだと思われる。


 数は五千を超え、きっとこの町の冒険者が戦えば犠牲も出るだろう。


 だが、自分が戦えば余裕で勝つことができる確信がある。




 最初は、レダたちが自分を恐れるのではないかと思った。


 本当の力を見せたら、今までの態度が変わってしまうのではないかと考えてしまった。


 しかし、不思議なことに、たとえ彼らとの縁が切れてしまったとしても、彼らのことを守りたかった。




 ゆえにナオミは最前線にひとりで立つ。


 冒険者たちを下がらせ、たったひとりでモンスターを迎え撃とうとする。




「――こいつらを倒してルナと友達になってみせるのだ! レダにたくさん褒めてもらうのだ!」




 剣を握る手に、力が込められる。




「かかってくるのだ! この町には私の大切な人がいるから、おまえらなんかに手出しさせないのだ!」




 勇者ナオミ・ダニエルズは、ただのナオミ・ダニエルズとして力を放出する。


 ピンク色の髪は、緋色となり、魔力によって揺らめく。


 彼女から発せられる魔力は、神々しいほどの強さを持っている。


 ナオミは、自分に出せる全力で――襲いかかってくるモンスターたちを一閃した。




「このナオミ・ダニエルズが相手になってやるのだ!」




 長年、自分のために戦い続けた少女の、初の誰かを守るための戦いがはじまった。






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