49「アムルスの危機」④


「ナオミ、あんた……そんなこと」




 ことの成り行きを見守っていたルナが唖然とした声を出す。


 まさか、ナオミが自分に許してほしいと願っていたとは知らなかった。




「……ルナ。私はただ強い人と戦いたかっただけなのだ。でも、そのせいで、ルナの過去をレダに教えてしまったのだ」


「……そうね」


「ルナがそのことをずっと怒っていたことは知っていたのだ。だから、ずっと謝りたかったのだ」


「……別に、謝らなくたって」


「私は戦うことが好きなだけで、よく馬鹿と言われるのだ。そのせいで嫌われることもたくさんあったのだ」




 勇者として、単純に強すぎるナオミを忌避するものがいないとは言わない。


 むしろ、多いだろう。


 人間は、良くも悪くも強いものを畏怖する。


 勇者として、魔王さえ倒したナオミが多くの人にどう思われるかなど、想像するに容易かった。




「私は勇者としてこの町を守るのだ。それ以上に、ルナの大切な場所を守りたいと思っているのだ!」


「どうしてよ?」


「……それはきっと、私がルナと友達になりたいと思っているからなのだ」


「――っ」




 突然の告白に、ルナが目を丸くした。




「だから、私は償うのだ。勇者ナオミではなく、ただのナオミ・ダニエルズとして!」


「待ちなさいよ! だからって、あの数に、いくら勇者として強くたって、無理があるでしょ!」


「ルナに賛成だ。ナオミが強いことを疑ったりはしない。だけど、あの数に突っ込んで無事に済むとは思わない」


「ふふん。ルナもレダも、私の本当の力を理解していないから、心配するのだ。あれくらいなら、どうってことないのだ!」




 五千のモンスターの群れを、ナオミは「あれくらい」と言った。


 こんな状況下で、冗談を言うとは思えない。


 だからと言って、彼女の言葉を鵜呑みにして、死地に送り込むこともできなかった。


 レダとルナは、真剣な顔をしてナオミに問う。




「本当にいいんだね?」


「もちろんなのだ」


「あんた、偉そうなこと言って死んだらそれこそ許さないわよ!」


「――そんなことありえないのだ!」




 ナオミはそう言うと、大剣の柄に手を置き、屋上の縁に立つ。




「待ちなさいよ!」


「……ルナ?」


「言っておくけど、別に、あんたのこともう怒ってないから」


「そうなのか?」


「ええ、そうよ。もう、怒るのも疲れたし、あんたのことどうしても憎めなかったし。だからとっくに許してるわ」




 誕生日会でもそうだったが、それ以前から、ルナはナオミを許していたと思う。


 始めこそ、怒りを抱いているのはレダの目から見ても明らかだったが、一緒に暮らすようになってからだんだんと態度は軟化していった。


 ルナはもともと優しい子だ。


 ナオミに悪意がないとわかれば、怒りを継続できなかったのだろう。




「なら、嬉しいのだ! ならば、今度は友達になってもらえるように戦ってくるのだ!」




 とっくに許されていたと知ったナオミは、嬉しそうに破顔する。




「あと、レダにお願いがあるのだ」


「なんでも言ってくれ」


「じゃ、じゃあ、そのなのだ、私が、モンスターを倒したら、褒めてくれるかな?」


「――なんだ、そんなことか。もちろんだ、嫌ってほど褒めてやるよ!」




 もうレダはナオミを止めるつもりはなかった。


 一緒に暮らした時間は短くとも、家族と呼べるほど深く付き合っておらずとも、大事な仲間だ。それはかわらない。


 ならば、信じて待つだけだ。


 万が一、怪我をしたら、自分が治すだけだ。




「だけど、無理したら怒るからな。勝てないと思ったら戻ってくるんだ。いいね。そうしたら、みんなで勝つ方法を考えよう」


「わかったのだ! 無理はしないのだ! その上で、勝利をレダとルナ、そしてミナとヒルデガルダと、みんなに捧げるのだ!」




 ナオミはそう言い放って跳躍した。


 冒険者ギルドの建物から、町の外へ向かって、軽々と家の屋根を伝っていく。


 その姿を見送りながら、レダたちはナオミの無事を祈った。






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