41「元カノ再び」②
「――ぷっ、ぷはっはははははっ! なによ、その冗談! パパがあんたと付き合うとか、冗談でしょ、笑わせないでよ!」
「ふふふふ、ギャグとしてはいいセンスだ。どうすれば、お前のような性根の腐った人間がレダと?」
「……ありえないと思うよ?」
ルナとヒルデガルダは、笑いが堪えられないとばかりに大笑いし、ミナでさえ口元を抑えて震える始末だ。
年下の少女たちに馬鹿にされたと思ったリンザは、顔を真っ赤にして吠える。
「また馬鹿にしやがって! 私に今まで何人の男がいたと思ってるの!?」
「え? でも、あんた今ひとりじゃない?」
「どうせその男たちも、今は離れてしまったんだろう? でなければ、わざわざこの土地にレダを追いかけてこないだろう?」
「だよねー。結婚してたら、自分が捨てた男を追いかけて復縁迫るなんてみっともないことしないわよぉ」
少女たちの言葉は図星だった。
実際、リンザはかつてモテていた。男に不自由したことがなく、順風満帆な生活を送っていた。
このまま結婚し、幸せな日々が待っていると信じて疑っていなかったリンザだが、そんなことにはならなかった。
レダを振ってから、他の男に遊び相手程度にしか扱われていないことを知る。
別の男を捕まえようとするも、欲望を見抜かれたのだろう、誰ひとりとして相手にしてくれなかった。
困り果てた末、お人好しのレダなら困っている自分を見捨てないという、身勝手な願望を抱きアムルスまでやってきたのだ。
「さっきから言いたいこと言って! 一度躾けてやるわ!」
そう言って、手を振り上げたリンザだったが、その手を振り下ろすことはなかった。
いや、できなかった。
「……あんたみたいな素人にあたしたちがどうこうできるわけないでしょ」
ルナがナイフをリンザの首に突きつけ、耳元でそっと囁いた。
「お前の命などいらないが、喧嘩を売るなら相応の覚悟はしてもらうぞ」
ヒルデガルダが鏃の先端をリンザの眉間に突きつけ、感情のない瞳で射抜く。
「――ひ」
リンザは、ルナとヒルデガルダが実力者だということを見抜けなかった。
ナイフと鏃を突きつけられている今も、見抜けているわけではない。
それでも、ふたりが外見どおりの少女ではないということくらいわかる。
自分が脅して怯えるような子供たちでないと、いまさら気が付いたのだ。
「ていうか、パパを捨てた女がよくあたしたちの前に姿を見せられるわよね。なにもされないって思ってたのかしら?」
「言っておくが、お前がレダにくだらないことをいう度に、私たちはお前を殺したいほど怒り心頭していたのだぞ」
「や、やめ」
「そういえば、さっき、あたしたちのことを捨ててやるとか言ったわよね?」
「やってみるといい。そもそも、レダがお前程度の女になびくとは思わないがな」
「そもそも、パパだって、自分から金を奪うだけ奪って捨てた挙句、借金作って助けを求めてきた女と復縁するわけないじゃん。してもえらるとか思っているなら、このおばさんの頭の中ってよっぽどお花畑よね」
「言ってやるな、ルナよ。愚か者は、自分が愚かなことさえわからないものだ」
言いたい放題にも関わらず、リンザはルナとヒルデガルダに文句ひとつ言えない。
ナイフと鏃を突きつけられているせいもあるが、リンザは余計なことを言えば容赦無くふたりは自分を害するとわかっていたからだ。
膝を震わし、ふたりの少女が自分から離れてくれることを必死に願う。
「――こーら、ルナ、ヒルデ、なにをしてるんだ?」
「おとうさん!」
どこか呆れたような声がかかると、張り詰めていた空気が霧散した。
ルナとヒルデガルダは得物を消し、リンザに興味を失ったように離れた。
もともとリンザを相手にしていなかったミナは、待ち人を見つけると一目散に駆け寄り抱きついた。
「おかえりなさい!」
「ただいま。待っててくれたんだね、ありがとう。って、素直に言いたいんだけど、なにしてたのかな?」
「えっと、その」
「あの女がな」
レダの問いかけに、ルナとヒルデガルダが気まずそうに言葉を探しはじめる。
代わりに元気よくミナが返事をした。
「あのおばちゃんが、おねえちゃんたちをいじめるの!」
「――な!?」
「ふうん」
「れ、レダ、違うわ、逆よ! 私が、このガキどもに」
「リンザ、子供たちの前で、そういう口の聞きかたはやめてくれ」
「…………」
静かだが、有無を言わさないレダの重い声に、リンザが押し黙ってしまった。
レダは、そんな元恋人を無視して、娘たちに話しかける。
「話したいことはいっぱいあるんだ。診療所に起きたこと、これから俺たちがどうするのかもね。だけど、その前に、俺は片付けなきゃならないことがある」
四人の視線は、こちらを睨みつけている女に注がれる。
「すぐに追いかけるから、先に部屋に戻っていてくれるかな?」
「……でもぉ」
「頼むよ、ルナ」
「はぁい。今回だけだからね」
「ありがとう」
ルナの頭を撫でると、不満顔から一変していく。
そんな娘に苦笑しつつ、レダはミナとヒルデガルダの頭を撫でていく。
レダに頭を撫でてもらい満足した少女たちは、彼のいうことを聞き部屋へと戻っていった。
残されたレダは、未だ去ることなくこの場に居続けるリンザを向くと、
「――どんな用事があってここにきたんだ?」
と、冷たい声で尋ねるのだった。
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