38「念願のマイホーム?」①
「こんなことになってしまってとても残念だ」
早朝。
辺境伯当主ティーダ・アムルス・ローデンヴァルトの使いに起こされたレダは、建設途中の診療所の前に立ち、呆然としていた。
「どうして、こんなことに?」
眼前には建設中だった診療所の見るも無残に変わり果てた姿があった。
「明け方近くのことだ。燃えている診療所に気づいて住民から自警団に連絡があったんだ。住民たちや冒険者の協力もあって、周囲に被害が出る前に鎮火はできたのだが……診療所はこの有様だ」
端整な顔を煤まみれにしたティーダが悔しそうに拳を握っていた。
住民はもちろん、冒険者、そしてティーダも診療所ができることに大きな期待をしており、彼は出資者でもあった。
アムルスの領主として、この町の発展に欠かせない診療所が焼け落ちてしまったことに大きな落胆をしていることは間違いない。
「さらに言えば、この火事は人為的なものらしい」
「……つまり、放火ってことですか?」
「残念ながらそのようだ。聞いた報告では、魔力の反応もでているらしい」
「それって……魔法使いが?」
「現状ではそう考えるほかない。ただ火を放っただけではなく、炎の魔法を使ったのだろう。さらに、丁寧に油までまいている。よほど念入りに燃やしたかったらしい」
その結果、診療所は燃え尽き倒壊している。
「診療所はこれからどうしますか? 今まで通り、冒険者ギルドの一角を借りて治療を続けても、俺は構いません」
やるべきことは変わらないので、場所がどこでも治療を続けるだけだ。
レダはこの町にいる限り、治療士としてみんなの役に立ちたいと決めているのだ。
しかし、ティーダは難しい顔で首を横に振った。
「それはわかっている。しかし、やはり住民たちには目に見える診療所があったほうがいいと思っているのだよ。そこで、だ」
「はい」
「ここからそう遠くないところに、元は雑貨店だった物件がある。そこを押さえたので、簡単な診療所に改装してしまおうと思っている」
つまり、ティーダの考えはこうだった。
建設途中の診療所が焼け落ちてしまった以上、再建には時間どうしても必要だ。
その手間と時間は惜しくないが、レダと治療士たちが協力関係を築き、住民たちが喜んでいる今に、診療所の開設が延期してしまうのは避けたいようだ。
住民たちの喜びにも水を差してしまうのは、できれば回避したい。
そこで、中古物件を改装することで、診療所を開こうとしているという。
「いい考えだと思います。ここが火事になったのは残念ですけど、嘆いていてもなにも変わりませんし、なら前向きに進んだほうがいいでしょう」
「そう言ってもらえると私も嬉しい。その物件は、歩いてすぐだ。さっそく見に行くとしよう」
「はい」
レダとティーダは、その物件に足を運んだ。
元雑貨店は、洋服屋と空き家に挟まれた、そう大きくない二階建ての建物だった。
少々こじんまりしているが、十分に診療所として機能できるスペースはあるだろう。
「町の中心部から少しだけ離れてしまうのが残念だが、メインストリートには変わりないので場所としては悪くない」
「そうですね。ここなら、患者さんたちも来やすいと思います」
屋台、露店、商店が並び、現在も早朝であるにも拘わらず、開店準備に勤しむ人々が確認できる。
レダも、昼間、この辺りを散策した事があるが、中心部から若干外れているとはいえ、この町のメインストリートだ。いつだって十分すぎるほど賑わっているのを覚えている。
「一階を診療所として、二階をレダたちの住居にするのはどうだろうか?」
「――ここに住んでいいってことですか?」
驚いて質問したレダに、ティーダが苦笑して頷く。
「無論だ。町に移住し、貢献してくれている君にいつまでも宿暮らしをさせておくわけにもいかない。それに、ご息女たちも年頃だ。個人部屋も欲しいのではないだろうか?」
「た、確かに」
言われてみればそうだ。
今は、宿屋の大部屋を借りて生活している。
家族なので気にせずひとつのベッドで眠る日々だが、よくよく思えばいろいろまずい。
とくにルナは昨日成人したのだ。
いつまでも、父親と一緒に眠るのも嫌になっていくかもしれない。
それに、家族には変わりないが、娘ではないヒルデガルドもいる。
一緒に生活している勇者ナオミはさすがに別の部屋だが、いろいろ限界を感じていたのも確かだった。
しかし、リッグスやメイリンたちとの生活は心地がよく、ふたりのことも家族同然に思っている。
それは娘たちもきっと同じだろう。
それゆえに、宿から出ることは寂しくあるも、念願のマイホームを手に入れることへの喜びもないわけではない。
「金銭面でレダが負担することはないと言っておこう。この町から、君たちへの感謝の気持ちだと思ってくれて構わない」
「――ありがとうございます」
「中古物件ですまいないとは思うが、ここを拠点に家族で暖かな生活を送ってほしいと私は願っている」
ティーダの気遣いに、レダは深々と頭を下げたのだった。
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