33「ニュクトの理由」



 お酒を飲むと言って夜の町に消えたリンダを見送り、手を振っていたニュクトは、彼女の姿が見えなくなると浮かべていた笑顔を消して唾を吐いた。




「感心しますー、よくもまー、これから襲撃しようとするこの町に滞在できますねー。どんな神経してるんでしょうかー?」




 一時とはいえ、恋人だったジールを死に追いやったレダのことが憎い。


 なぜ奴は、仲間だったジールの減刑を請わなかったのだ。


 ニュクトの調べた限り、領主と冒険者ギルドに気に入られているレダなら、ジールを無罪にできなくとも、死刑を回避することくらいはできたはずだ。




「……わたしもー、なにをしてるんでしょうかねー、手痛く振られたジールのために復讐なんてー。でもー、止まれませんしー、止まるつもりもありませんけどー」




 ジールと別れた後、それなりに愛着のあったパーティーから離れようとはしなかった。


 まだジールに未練があったし、新たなパーティーに加わるというのも難しく、また新パーティーの新人として下積みをするのもごめんだった。


 意外とジールはパーティーから出て行けと言わなかった。きっと、魔術師を新たに探すのが面倒だったのかもしれない。




 次第にジールへの恋愛感情も消えていった。


 彼が騎士崩れの剣士に手を出した頃には、ジールの女癖のだらしなさを知っており、なぜこんな男と付き合っていたのかと後悔したものだ。


 だが、彼がレダの参入でおかしくなり始めたときには流石に心配した。




 ジールは冒険者としてのし上がるつもりだった。


 金を手に入れ、女も、そして地位もすべて手に入れようとしていた。


ランクが上がればそれが可能だったので躍起になっていた。




 でも、ジールと自分たちの実力では難しかった。


 そんなときレダが現れた。


 ジールはすぐに彼の回復魔法に目をつけ利用することを考えた。


 聞いたこともない田舎からやってきた彼は、ジールを親切な青年くらいにしか思わなかったようで、とても従順だった。




 ニュクトはレダをお人好しの善人と判断していた。


 実際、その通りだった。


 だが、当時には嫌いではなく、むしろ好感を抱いていた。


 しかし、そんなレダを加入させたことでジールが壊れていった。




 まず、回復要員を手に入れたことへの周囲の嫉妬だった。


 ジールはレダの実力は徹底して隠させた。せいぜいポーション代わりだということにして、他が駄目だから雑用として使っているとした。


 実際、雑用をレダが担当していたこともあり、また回復魔法をパーティー以外の目のあるところで使わせなかったので、みんなはジールの企み通り、レダを大したことないと信じた。




 厄介だったのが冒険者ギルドの受付嬢だった。


 彼女はレダと親しかったらしく、彼の回復魔法の実力を知っていた。そのため、もっとレダの待遇を改善すべきだという苦言から始まり、ジールとよくぶつかっていたのを覚えている。




 そして、決定的だったのが、レダの噂が貴族の耳に届いてしまったことだった。


 貴族はもちろん、レダを雇用しようとした。しかも、好待遇で、だ。


 きっと、レダに直接話が行っていたら、事の成り行きは変わっていたかもしれないと今でも思う。


 だが、貴族にしては珍しく、パーティーリーダーに筋を通そうと、ジールにレダの引き抜きの許可をもらおうとしたのだ。




 結果、ジールは自分たちが低ランクで燻っているのに、さらに下っ端のレダが成り上がることを許せず、嫉妬し、憎悪した。


 ニュクトも嫉妬しなかったとは言わない。だが、同時期にパーティーのランクが上がる話をギルドからもらっていたので、自分たちは自分たち、レダはレダでそれぞれの道を歩めばいいと思った。




 しかし、ジールは違った。


 レダを貴族に渡さず、だからといって利用することもせず、自分たちのパーティーからも追い出す始末だ。


 ジールの暴走は独断だった。




 聞いた時にはもうすでに後の祭り。


 とはいえ、レダと離れればジールが変わると思っていたので、ニュクトはどこか安心していた。


 しかし、ジールはさらに暴走することとなる。




 回復要員がいないのに無茶な突貫を繰り返し、怪我を負ってはポーション頼り。果てには、高額の治癒士の世話になる大怪我を負っても反省しない。


 むしろ、失敗すればするほど躍起になっていく。


 結果、パーティーに残ったのは高額の借金だった。


 同時期、ジールの冒険者ギルドに対する悪態や、今までの態度、そして現在の失態から、パーティーのランク上げが見送られてしまう。




 ジールはさらに暴挙を行うようになった。


 借金はさらに増え、ついにジールは恋人である剣士を娼館に売ろうとまで企み始める。


 そんな彼について行けなくなったニュクトと剣士は、ジールに別れも告げず逃げ出した。




 しばらくフリーの冒険者として活動しているとき、ジールが野盗に落ち、町を襲い、捕縛され死刑になったと聞いた。


 あまりにも酷い最期だった。


 だが、話はそこで終わらない。




 ジールを捕まえたのがレダだと知った。


 そしてレダは、その町の領主と冒険者ギルドと親しいのだとも。




 ジールを失ってニュクトは、彼をまだ愛していたと自覚した。


 失ってから気づいてしまった。


 この感情を持て余し、苦しむ日々。




 そんなときに思ったのだ。


 すべてレダが悪いと。




 ゆえにニュクトは復讐する。


 まず、嫌がらせとばかりに、レダの元恋人が金に困っていることを知り、レダの現状を教えた。


 想像以上にたやすくリンザは動いてくれた。


 あとは、「生贄」にするだけだ。




「そういえばー、もうひとりの生贄はー、どうしてるでしょうかー?」




 町に連れてこられる状態ではなかったので、外で偶然見つけた小屋に縛り付けてある。




「レダからー、すべて奪ってあげますー。あなたがー、わたしからジールを奪ったようにー、ジールからすべてを奪ったようにー」




 町の喧騒を耳にしながら、ニュクトはひとり町の外へ向かう。




「きっといい町なんでしょうねー。それだけー、この町がー、ぐちゃぐちゃになるのが楽しみですー」




 歪んだ笑みを浮かべたニュクトは、足取り軽く、夜の闇の中に消えていくのだった。






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