30「ヴァレリーの怒り」③
「――はっ、レダに惚れているですって? 残念ね、そのレダは私に惚れているのよ! 残念だったわね! さ、レダ、言ってやりなさいよ」
「……なにを?」
「だから、あんたが私に惚れているってことをよ!」
「悪いけど、俺は君に惚れてはいない」
「……は? 今、なんて言ったの?」
「だから、俺は君に惚れてはいないんだ」
まさか否定されると思っていなかったのだろう、リンザは唖然として硬直する。
「付き合ったのも、君の友人たちに押されて断れなかったからだ。俺も悪いってことはわかってる。王都に出てきて、親しい人がいなくて寂しかったんだ」
「う、嘘でしょ」
「君がそうだったように、俺も君を特別好きじゃなかった」
はっきりと「好きじゃない」と言い切ったレダに、リンザは絶句して言葉もない。
そんなリンザに畳み掛けるようにヴァレリーが言い放った。
「残念でしたわね。レダ様は、もうあなたのことを過去のものとしているようです。今さら、近づいてきてなにができるとでも?」
「――この! あんたはさっきから!」
再び動き出したと思えば、リンザはまたしてもヴァレリーに手を上げようとした。
もちろん、そんなことレダが許すはずがなく、彼女の腕をやや強引に掴み上げる。
「離しなさいよ!」
「断る。何度も言わせないでくれ、暴力は許さない。今までの暴言で、俺は限界なんだ。俺をこれ以上怒らせないでくれ」
レダが口調を硬くして警告するも、リンザは睨みつけるだけで堪えた様子はまるでない。
このままでは埒が明かない、とレダが顔をしかめた時だった。
「ねえ、おばさん。この人を叩くのは勝手だけど、叩いたら叩いたで面倒なことになるわよ?」
「なにを」
「この人って、領主の妹だからね、わかる? 貴族よ? それでも叩きたいなら止めないけど、そんなことしたらどうなるかわかるわよね?」
「き、貴族!?」
リンザは目を丸くしてヴァレリーを見た。
まさか引っ叩こうとした相手が貴族だったとは思わなかったようだ。
ヴァレリーは困った顔をしている。
貴族であることをひけらかしたくないのだろう。
「――このっ、私を馬鹿にして! 覚えておきなさい!」
気に入らない相手を叩くこともできず、周囲を見渡しても味方がいないことに気づいたリンザは、顔を真っ赤にして捨て台詞を吐くと、足早に逃げ出してしまう。
「……本当に、なんだったんだ?」
どこか疲れ気味のレダの疑問に答えることができる人間はいなかった。
誰もがリンザの行動が意味不明だったからだ。
ただ、彼女がレダに金をせびりにきていたことだけはわかっていた。
厄介な人間が消えてくれたことに安心して、それぞれが肩の力を抜く。
「……ディクソンに関わる女はどいつもこいつも一癖あるな」
「僕、はらはらしちゃった」
事の成り行きを見ているだけしかできなかったネクセンとユーリも、大きく息を吐き出していた。
レダは、ミナとルナの傍に膝をつくと、ふたりを力強く抱きしめた。
「嫌な思いをさせちゃったね。ごめん」
「おとうさんは悪くないよ!」
「あんな女と一度でも付き合ってたことには腹が立つけど、あの頭の悪い女の暴言にパパが謝る必要なんてないわ」
謝罪したレダを慰めてくれる娘たち。
(……金目的で来たんだろうけど、リンザに渡す金はない。なによりも、娘たちに暴言を吐いたあんな女を助けてやる義理もない)
レダは甘い。
お人好しと言われることも多い。
ときには優柔不断だと苦言されることもある。
そんなレダでも、娘を捨てろと言ったリンザを助けるつもりは微塵もなかった。
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