23「回復ギルドの事情」①
娼館に足を運び、娘たちに叱られた翌日。
レダはいつものように冒険者ギルドの一室で治療を行なっていた。
受付には、最近人と接することに怯えがなくなり笑顔を浮かべるミナと、すっかり元気に回復した領主の妹ヴァレリーだ。
ふたりは訪れる患者たちに優しく笑顔で接し、最近では彼女たち目当てで差し入れを持ってくる人までいる。
簡易椅子に座り、傷口を押さえる人たちに清潔なタオルを配り、医者と一緒に応急処置をするのはルナとヒルデガルダだった。
もともと器用なふたりは、医者から応急処置の方法を習うとあっという間に飲み込んでしまった。
今では、医者が病気の患者を対応している間に、怪我人たちを任されるほどだ。
薬師と医者は初老の男女だ。
医者は以前よりアムルスで多くの患者を見てきたベテランで、聞けば、若い頃は王都にいたらしい。
薬師は、数年前にアムルスに流れ着いた老女であり、各地を転々としながら薬師としての知識を広めていた人でもあった。
ふたりは、治癒士と医者、薬師がそれぞれの役目を担って多くの患者を助けようという考えに賛同してくれた協力者である。
そして、レダは白衣を着て患者たちをひとりひとり治療している。
この場にいる治癒士はレダだけではない。
先日、回復ギルドから派遣されていた助手を全員クビにした、回復魔法を使うことが大好きのユーリ・テンペランス。
典型的な治癒士であったものの、レダと知り合あったことで変わったネクセン・フロウがレダを手伝っていた。
つまり、このアムルスで高額治療費を請求する治癒士はいない。
現在は、領主、冒険者ギルド、そしてレダ、ユーリ、ネクセンたちで話し合って決めた治療費しかとっていない。
その治療費も、住民たちの生活に支障がない良心的な価格だった。
「でもまさか、ネクセンまでここでの治療を手伝ってくれるとは思わなかったよ」
休憩中、血に濡れた手を水で洗いながら、同じく隣で手を洗うネクセンにレダは声をかけた。
「ふん。別にいいだろう。お前と変わらないように治療してやっているのだ、文句言うな」
「文句は言ってないんだけどね。むしろ、感謝してるよ。でも、どういう心境の変化かなって思ったんだよ」
ネクセンがレダを手伝うにあたり、回復ギルド関係者から反対があった。
とくに、彼を手伝っていた助手たちは、自分たちの甘い汁がなくなるとわかると、猛抗議だったと言う。
そんな助手たちを一蹴したネクセンは、回復ギルドにやりたいようにやるとだけ告げて、レダを手伝うことにしたのだ。
助手たちはネクセンを手伝う旨味が消えてしまたったため、自然と王都に戻ったらしい。
「お前のせいだぞ。私にだって良心くらいある。それを思い出させたんだ。それに」
「それに?」
「昨夜の口止めをしたいから、お前に媚を売ろうなど考えていないからな!」
昨夜のこととは、ネクセンと娼館で鉢合わせたことだろう。
ネクセンは、十代の娼婦をママと呼ぶプレイをしていた。
詳細は知らないが、なかなかマニアックなものらしい。
そんなネクセンの一面を知ってしまったレダだったが、別に誰かのそのことを言うつもりはないのだが、どうやら彼は心配らしい。
「昨日のことは忘れるから安心していいよ。というか、お互いに忘れよう」
「そ、そうだな! うん。私は娼館に偏見はないが、知り合いに会うほど気まずいものはないと学んだ。今後は気をつけるとしよう」
「……ふたりとも娼館にいったの?」
男ふたりに話しかけたのは、手を洗いにきたユーリだった。
「うおぉっ、聞き耳をたてるんじゃない!」
「勝手に聞こえてきただけ。僕はとやかくいうつもりはないけど……娘さんがいるんだから娼館通いは控えたほうがいいと思う」
「おっしゃる通りです」
ユーリに視線を向けられ、レダはうなだれた。
通うつもりはないが、娼館でひと時を過ごしたのは紛れも無い事実だ。
その結果、娘たちにバレてしまったのがなかなか堪えている。
(もう娼館には行かないことにしよう……別に行く理由もないし)
少しだけ脳裏にアンジェリーナの顔が浮かんだが、レダは顔を横に振って追い払った。
「でも、僕はネクセンがここで治療していることが意外かも。あいつらの弟子だったのに」
「あいつら?」
「……回復ギルドに巣食う悪党どものことだ。あれらと一緒にされるのは心外だと思っただけだ。私も金は好きだが、あいつらほどじゃない。べ、別に、お前たちにいいところ見せようだなんて思っているわけじゃないからな! 勘違いするなよ!」
まだレダが知らない回復ギルドの事情があるらしい。
そこへルナがタオルを持って通りかかり、ネクセンに視線を向けた。
「男のツンデレってきもーい」
「黙れ小娘!」
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