21「アンジェリーナと過ごす夜」③
「……まぁ」
「ヘタレでも根性なしでもなんとでも好きに言ってください!」
レダは恥ずかしさで死んでしまいそうだった。
なぜ自分は、童貞であることを初対面の女性に打ち明けているのだろうか、とも思う。
笑われるのか、それとも馬鹿にされるのか、もしくは情けない男だと軽蔑されるのかもしれない。
そんなレダに、
「気にする必要なんてありませんわ。いいではないですか、身体を重ねたいと思える女性と出会わなかったというだけのお話です」
アンジェリーナは優しく微笑んでそう言ってくれた。
「あまり初めての方に無理強いはできませんから、今日は引かせていただきますね。ですが、よろしけばぜひレダ様の初めてのお相手に選んでいただけると嬉しいですわ」
「――あ、いえ、そんな」
「そうですわね。娼婦とお客では味気ないので、私がプライベートのときに、ゆっくりと」
彼女の言葉がどういう意味なのか、レダはわからず混乱する。
まるでプライベートに会おうと誘われていると勘違いしそうだった。
「えっと、あの、その、機会があれば」
「ふふふ、今はそのお返事だけで満足しておきますわ」
アンジェリーナの細くしなやかな指がそっとレダの頬に伸ばされる。
「私、本気ですから、後日改めて伺わせていただきますね。そのお約束の印に」
そう言った彼女は、レダの頬にそっと口づけをした。
「――っ」
真っ赤になってしまうレダに、つられたようにアンジェリーナが頬を染める。
「そんな反応をされてしまいますと、私まで照れてしまいますわ」
どこか恥じらうような仕草を見せてくれるアンジェリーナは、美しく、そして可憐だった。
◆
アンジェリーナに見送られ、彼女の部屋をあとにしたレダ。
娼館の玄関まで見送るという彼女の申し出を丁重に断り、待合室に向かう。
(……なんていうか、アンジェリーナさんとあれ以上一緒にいたらいろいろまずかった)
年下のはずなのに、どこか成熟された雰囲気を持つ女性だった。
女性に不慣れなレダでさえ、あっという間に打ち解けることができた。
彼女のちょっとした仕草は可愛らしく、自分に向けて微笑んでくれたことはそうそう忘れられないだろう。
男を虜にするなにかが、アンジェリーナにはあった。
レダも男だ。
結婚願望がゼロではないし、いつか彼女を作り、甘い日々を送ってみたいと考えることもある。
ただ、不思議と、そんな自分のことを想像できない。
少しだけ不安なのだ。
かわいい娘がいるのに、これ以上望むのは分不相応ではないか、と。
今以上のことを望むのは、大切な娘たちに失礼なのではないか、と。
「ディクソン!?」
考え事をしながら歩いていたレダの名を、誰かが呼んだ。
「ん? ――あれ? ネクセン?」
顔を上げると、目の前には同じ治癒士のネクセン・フロウがいた。
彼の隣には、十代後半ほどの少女が腕を組んで並んでいる。
「……こんなところで会うなんて、ちょっときまずいね」
「そうだな。だが、お前も娼館に来るんだな。幼女たちと親子プレイを嗜む変態だと思っていたので、少し安心したぞ」
「酷い誤解だな!」
まさかこのような場所で会うとは思いもしなかったネクセンとレダは、微妙な表情を浮かべていた。
すると、ネクセンの隣にいた少女が彼の腕を引っ張る。
「もうっ、ネクセンちゃんったら、ママにちゃんとお別れの挨拶してくれないと、めっ、よ!」
「ごめんなさい、ママ――」
「……まま?」
「はっ、しまった、反射的に!」
慌てるネクセンだがもう遅い。
レダははっきりと聞いてしまった。
ネクセンが十代の少女をママと呼ぶところを。
「……ネクセン、お前」
「違う! 誤解だ! 私は別に、年下の少女と母子プレイなんてしていないぞ! 別にオムツを装備した状態で、ガラガラであやしてもらったり、ミルクを飲ませてもらったりなんてしていないからな!」
「聞いてないから! ていうか、自分で全部喋っちゃってるじゃないか!」
「――おのれ、レダ・ディクソンっ!」
「いや、お前の自爆だろ」
顔を真っ赤にして言い訳を続けるネクセン。
(というか、俺以外にも治癒士がここにいたのか。あのとき呼ばなかったのは……ああ、なるほどね)
先ほどの暴力事件の際、ネクセンが呼ばれなかったのは、お楽しみ中に邪魔できなかったのかと察した。
「うん。人の趣味はそれぞれだ、いいと思うよ。うんうん」
人の趣味にとやかくいうつもりはない。
内心、ちょっと引きはしたが、お金を払って彼がなにをしようと彼の自由だ。
「じゃあ、俺は帰るから」
ネクセンに軽く手を振り、レダは待合室の中に入り、すでに待っていたテックスに声をかけてそのまま娼館を出て行く。
「ディクソンんんんんんっ、頼むぅうううううう、誰にも言わないでくれぇええええええ!」
「いいのか? 誰か叫んでるぜ?」
「ははははは、気のせいですって」
背後から切実な叫びが聞こえた気がしたが、レダは聞こえないふりをするのだった。
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