18「レダ、娼館にいく」②



「あの、治療費のご相談を」


「その前に治療をしましょう」


「心配するなって。レダは良心的な治療費しか取らねえからよ」


「正直、今はプライベートなので治療費とか気にしなくていいです。とにかく早く患者のもとへ案内してください」


「は、はい。こちらです」




 女性のあとについていくレダは、テックスに頼みごとした。




「テックスさんには、その暴力を振った男をどうにかしてもらっていいですか?」


「あいよ、任せとけ」


「お願いします」




 レダとテックスはそれぞれ動き出す。


 娼館の二階にある一室に、娼婦たちが集まっていた。




「すみません、どいてください。治療士です」




 そう言うと、訝しげな視線を向けられもしたが、みんな素直に道を譲ってくれた。


 薄暗い部屋の中に入ると、お香のような甘い匂いがした。


 ベッドを囲むように艶やかなナイトドレスを身につけた女性たちが心配そうな顔をしている。


 彼女たちの手にはタオルが握られている。


 おそらく血を拭っているのだろう。




「治療するので少し離れてください」


「あの」


「はい?」


「この子のことをどうかよろしくお願い致します」


「お任せください」




 頭を下げてくる女性たちに短く返事をすると、レダはベッドの上に横たわる娼婦を診る。


 患者はまだ年若い少女だった。


 ルナとそう年齢が変わらないように見えることから、成人したてなのだろう。




(こんな子に暴力を振るうなんて……どんな神経してるんだよっ)




 内心の苛立ちを隠しながら、笑顔を浮かべて少女に声をかける。




「今、治療しますからね。すぐに楽にしてあげるから、もうちょっと我慢してね」




 できるだけ相手に不安を与えないよう優しい声をかけると、痛ましく顔を腫らし、鼻の形が変わるほど殴られた痕がある少女は小さく頷いた。




「――回復」




 淡い光が少女を包む。


 すると、あっという間に少女の顔の腫れが引き、鼻の形が戻っていく。


 近くにいた女性からタオルを受け取り、少女の顔を拭いてあげると、そこには怪我を負っていない少女の綺麗な顔があった。




「これで、よし。痛いところは?」


「……ありません。ありがとうございます!」


「ならよかった」




 無事に治療を終えると、少女が自分の顔を手で触って確かめるようにしている。


 女性のひとりが手鏡を渡すと、傷ひとつ残っていない顔を見て、安心したのか涙を浮かべていた。


 ベッドから離れて廊下に出ようとすると、すれ違う女性たち全員に感謝の言葉を伝えられた。


 それだけ少女のことを案じていたのだろう。




「おう、レダ。お疲れさん」




 待合室に戻ると、椅子に座ってお茶を飲むテックスの姿があった。




「そっちはどうでしたか?」


「案の定、タチの悪い客だったぜ」


「アムルスにもそういう人間っているんですね」


「ま、良くも悪くも色々な人間が集まってくるからな」


「それで、どんな理由で、暴力を振るったんですか?」


「どうやら、やることだけやって、サービスに不満があったから料金を返せって騒ごうとしたらしい。ったく、素面のくせによくやるぜ」


「ふざけていますね。その男はどうしました?」


「ちょうどよく店の前を自警団が通りかかったから説明して引き取ってもらったぜ。ま、今回が初めてならしばらく頭を冷やす程度で済むだろうさ。ただし、叩いて他にも埃が出てくれば、町から追放するんじゃねえか」




 ぜひ町からいなくなってほしいとレダは思った。


 少女に暴力を振るった理由があまりにも身勝手で許せない。


 たまたまレダがいたからいいが、そうでなければあの少女はもっと長い時間苦しむことになっていたはずだ。




 年頃の娘がいるレダにとって、今回の出来事は無視できない。


 先日の、ジールがそうしたように、ルナやミナに悪意ある暴力が襲いかかるかわからない。




「あんまおっかねえ顔をしなさんな。お前さんがいたから女の子が助かった。それでいいじゃねえか」


「……そうですね。とりあえず、そういうことにしておきます」




 テックスの隣に腰を下ろし、大きく息を吐き出して体から力を抜く。


 とんだハプニングに巻き込まれたため、酔いもすっかり冷めた。


 できればこのまま帰りたいと思う。


 そんなことをレダが考えていると、待合室の扉がノックされた。


 返事をすると、ひとりの女性が入ってきた。




「失礼します。テックス様、治癒士様、この度はどうもありがとうございました」




 ゆっくりと頭を下げた女性は、とても美しかった。


 艶やかな黒髪を伸ばした、どこか親しみやすさを抱くことのできる人だった。


 彼女は顔をあげると、レダに柔らかく微笑んだ。




「私はアンジェリーナと申します。治癒士様にお礼に参りました」








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