17「レダ、娼館にいく」①
「どうして俺はここにいるんだろう?」
レダはアムルスの町一番といわれる娼館の待合室で、椅子に座って頭を抱えていた。
ついさっきまで宿屋の店主リッグスと冒険者テックス、そして領主のティーダと飲んでいたはずだった。
「全部、テックスさんのせいだ」
娘たちが作ってくれたおつまみを食べながら、いい感じに酔いが回ってきたところで、テックスが酔いに任せて「レダ、お前さん、童貞だろう?」などと言い出したのが悪い。
あのときの、リッグスの「あーあ、言っちまいやがった」という呟きと、ティーダの「じょ、女性経験だけが全てではないさ、うん」というフォローで泣きそうになった。
(――俺だって好きで童貞じゃないんだ。だって、縁がなかったからしかたがないじゃないか!)
実のところ、三十歳で童貞ということを気にしていた。
二十代前半のころはその内縁があるだろうと焦りはしなかったが、二十代後半になって焦り始め、気づけば三十歳になっていた。
ただ、リンザという恋人がいたたことや、冒険者業があまりにも忙しかったことから、あまりそういうことを考えることはなかったと言える。
娼館とかにいかなかったのか、とテックスたちに聞かれもしたが、当時のレダは決して今のように金に余裕があったわけではない。
さらに恋人ができてからは、彼女に騙されて金の大半を渡していたので日々の生活を送るのが限界だったのだ。
最近は、家族ができたことであまりそういうことを考えることはなかった。
ただし、過剰なスキンシップをとってくる子や、自分などに好意を抱いてくれる子からのアプローチがあるため、困り果てていた。
そんなレダは端から見ると、女慣れしていない童貞そのものだったらしい。
そうテックスに言われて落ち込んだ。
自分では、余裕のある大人の男性として振舞っていたつもりだったからだ。
グラス片手に項垂れるレダに、「よし、俺に任せとけ」とテックスが言い出し、抵抗する間もなく娼館へ連れてこられてしまったのだ。
ちなみにリッグスは「楽しんでこいよ」と手を振り、ティーダは「ほどほどに」と笑顔で見送ってくれた。
不幸中の幸いだったのは、娘たちが就寝中だったことだろう。
起きていたら一波乱あったはずだ。
「なんだ、レダ? まだ覚悟が決まらねえのか?」
馴染みの女性に相手してもらえるか確認をしにいっていたテックスが戻ってくると、レダは泣きついた。
「まずいですって、俺、娘がいるんですよ」
「おいおい、娘がいたら娼館もいけないっていうのかよ?」
「いけませんよ! 年頃の難しい時期の女の子に、家族が娼館にいったとか知られたら何を言われるか!」
「そんなこと気にすんなって。親父なんていつかは鬱陶しがられるもんだって決まってんだからよ」
そう言うテックスの言葉には、なぜか重みがあった。
「もしかして、テックスさんにもお子さんがいるんですか?」
「そういえば言ってなかったな。娘がふたりな。嫁さんと離婚した時に、連れて行かれちまったけど、今は王都の学校に通ってるぜ」
「そうだったんですね」
「ま、王都にいく機会があればちょくちょくあってるし、俺も娘たちも普段離れているくらいがちょうどいいんだよ」
「そういうものですか?」
「ああ、そういうもんさ。会えないわけじゃないからな」
「なるほど。じゃ、俺は帰りますね」
話がひと段落したところで、帰宅しようと立ち上がるも、
「おっと、そうはいかねえよ」
肩を掴まれ、再び椅子に座らされてしまう。
「レダよぉ、もうここまで来たんだから覚悟決めろよ」
「無理です」
「……お前さんなぁ」
根性なし、へたれ、なんとでも言えばいい。
無理なものは無理だ。
娘たちに嫌われるくらいなら、生涯童貞でいいとさえ考えている。
「とにかく一晩、娘たちのことは忘れて、ひとりの男に戻ったら――」
「テックス様っ!」
テックスがレダに向かい話をしているときだった。
ノックをせずに部屋の中にひとりの女性が飛び込んできた。
ブロンドを伸ばし、化粧を薄く施した美人だった。薄手のナイトドレスに身を包んでいるため、うっすらと下着が透けている。
レダはそっと彼女から目を逸らす。
「おう、そんなに慌ててどうした?」
「あの、治癒士様とご一緒に来店されたとお聞きしましたが……」
「おいおい、まさか治癒士が必要な事態が起きてるってことじゃないだろうな?」
「――ご迷惑をおかけすることは承知しております。その、娼婦のひとりがお客様に暴行されてしまい」
女性が最後まで言葉を言い切る前に、レダは立ち上がった。
「俺がその治癒士です」
「レダ、すまねえが」
「わかっています。患者はどこにいますか?」
どうやら娼館でも治癒士の出番が必要のようだ。
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