16「ミレットとアマンダ」②
「そうでしょうね。だからこそ、安い治療費で多くの患者を見ているのでしょう」
「それは……はい」
レダは優しいを通り越して人が良いと言える。
そのおかげで、アムルスの町では多くの人が、高額の治療費に悩むことなく治療してもらえる。
ギルドとしても大いに助かっている。
ギルド職員達に彼の優しさに付け入っている自覚はある。
ゆえに彼の貢献に報いたいと常々思っていた。
とはいえ、回復ギルド職員のアマンダにとっては、やはりレダの行為は気に入らないのだろうと思えてしまう。
「……ですが、もしかしたら間違っているのは私のほうかもしれないと思えてきました」
しかし、アマンダの口から出てきたのは、ミレットの想像と反するものだった。
アマンダの苛烈なレダに対する反感を知っているため、どういう心境の変化だろうか、とミレットは首を傾げた。
「この町の治癒士であるユーリ様とネクセン様が、先日お見舞いにきてくださいました」
「そうでしたか」
「ふたりは今後、レダ・ディクソンと同じ治療費で治療をしていくそうです」
「はい。存じています。すでにおふたりは冒険者ギルドに協力してくださるともおっしゃってくださっています。ギルド職員として、いいえ、この町の人間としておふたりには感謝しています」
ユーリとネクセンと話をしたミレットは、彼らが回復ギルドと縁を切っても構わないという覚悟を知っている。
彼らの変化に少なからずレダが関係していることも察していた。
ユーリは治療費の設定を、回復ギルドから派遣されていた助手に任せていたそうで、まったく関わっていなかったらしい。
それはそれで問題ではあるが、助手たちを王都にすでに送り返しているので、今後高額請求はないと約束してくれた。
ネクセンは、自らの意思で高額請求をしていたとはっきり言っている。
だが、王都や大規模な都市と比べて、一応だが値段設定を下げていたと言われている。
もちろん、高額には変わりないが。
彼も値段をレダに合わせると言ってくれた。なんなら、今後開設する診療所で働いてもいいとまで言ってくれた。
これはアムルスにとって大きな変化となることは間違いないだろう。
後日、領主自ら改めてふたりの治癒士と会い、話をすることとなっている。
「……治癒士にかかることにお金がかかることは私も承知しています。しかし、それは正当な請求だという考えは、今でも変わりません」
「はい」
「回復ギルドが値段を設定していないことにも問題があるのかもしれませんが、それぞれの裁量で治療費を決めるというのは昔からの決まりでもあります。だからといって、レダ・ディクソンのような治療費を認める治癒士はほとんどいないでしょう」
「そう、でしょうね」
アムルスの中でも、異端に見えるレダだ。
町の外に彼の存在が大きく知られるようになれば、いずれ苦情を言ってくる治癒士も出てくるだろう。
そのときは全力で彼を守ることはすでに決定事項だ。
冒険者ギルドとしては、彼に頼っているだけ、彼を守ることで恩返しをしたいと考えている。
できることなら、後進も育て、彼の負担を減らしたいという計画もある。
ただし、回復魔法を使える人間は少なく、レダのように自らの利益を重視しない人間がどれだけいるのかわからないという不安もある。
そんな人材を探す、もしくは見つけ育てるのは冒険者ギルドの今後の課題だろう。
「私の考えはかわっていません。ですが、疑問に思うようになってしまいました。本当にこれでいいのか、と。レダ・ディクソンのような治癒士がいてもいいのではないか、と」
「私はいてもいいと思います。いいえ、いてくださらないと困ります」
「かもしれません。とはいえ、もう、私は彼になにも言えませんし、言うつもりもありません。すでに、彼に助けられてしまいましたから」
「アマンダさん」
「治癒士は貴重な存在です。ゆえに正当な評価をされて、正当な報酬を得るべきです。いくらレダ・ディクソンが人のいい人物であったとしても、利用していいものではありません」
「――わかっています」
「アムルスの町が、彼に頼らなければならないこともこの町に滞在して知っています。ですので、あとはもうあなたたちに任せましょう。回復ギルドには問題なしと報告しておきます」
そう言うと、アマンダはミレットの目をまっすぐに見た。
「これは、あくまでも回復ギルド職員としてではなく、アマンダ・ロウとしての意見ですが……冒険者ギルドは必死になって治癒士を集め、育成するべきです。冒険者の中に、回復魔法を使える人間がいたら、冒険をさせず、治癒士として育てなさい」
少なくとも回復ギルドは、治癒士の才能が少しでもある人間を見つけたら、すぐに保護して育てるという。
「わかりました。ギルド長に伝えておきます」
「ついでにアドバイスですが、冒険者ギルドと回復ギルドの関係がよくなることはないでしょう。そこはもう諦めるべきです」
「……やはり、そうなんでしょうか?」
「回復ギルドを仕切っているのは、治癒士を引退した老人たちです。悪人ではないのは間違いありませんが、彼らの冒険者嫌いは筋金入りですから」
とくに王都では、冒険者を相手にせずとも治癒士は金を稼ぐことができる。
貴族のお抱えになるのもありだし、商人たちと契約を結ぶのもいいだろう。
自分の利益を優先しても、十分に仕事があるのだ。
そんな治癒士たちから見れば、やはりレダはおかしく映るはずだ。
「私は、今までと変わらず回復ギルドで働きます。治癒士のために、恨まれようと、罵られようと、すべきことはかわりません。あなたたちは、冒険者や住人たちのために、力を尽くせばいいと思います」
「はい」
「……ただ、私くらいなら冒険者ギルドと良好な関係を持つ回復ギルド職員がいてもいいと思っています。私はあなたたちに借りもありますし、レダ・ディクソンの行く末を見届けたくもあります。ですので、困ったことがあったら相談してください。可能な限り力をお貸しすると約束します」
「アマンダさん……ありがとうございます」
「お礼なんていりません。いつか、お互いのギルドが納得できる状況になることを祈っています」
アマンダの言葉に、ミレットは力強く頷いたのだった。
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