14「ルナの気持ち」


 夜。ベッドの上で、ルナはあぐらをかいて苛々していた。


 すでにミナとヒルデガルダは眠っており、レダはリッグスとテックスと食堂で飲んでいるため部屋にいない。




「もうっ、パパったら! あんな小娘を受け入れちゃって! なによ、ハーレムなの? ハーレムでも作るつもりなの!?」




 ルナは、レダが勇者ナオミ・ダニエルズを受け入れたことが面白くなかった。


 もちろん、彼が自分を守るために戦ったことは下腹部が疼くほど嬉しいし、些細な恩返しとして今夜はたっぷりサービスしてあげようと考えている。


 ナオミを傍に置いておくのも、自分のためだということもわかっていた。




「なによっ、あの作ったような口調! キャラ作りしてるのバレバレじゃない。あれでパパに受けると思っているのかしら!」




 だが、わかっているが、頭では理解できても、心が受け入れられないのだ。




「あんな癖がある女をパパに近づかせたら大変なことになるわ。それじゃなくても最近、ライバルが多いのに、これ以上増やしてたまるもんですか!」




 ルナの心配は、ナオミが自分をまた狙うとかそういうことではない。


 レダにこれ以上好意を抱く女を増やしたくない、それだけだった。


 ただでさえ、ヒルデガルダやヴァレリーという強力なライバルがいるというのだから、ルナの心配は尽きない。




 ルナからすると、冒険者ギルド受付嬢のミレットも怪しい。


 今は、よき友人だが、いつ恋愛に発展するのかわからないのだ。


 そういう意味では、最大のライバルは妹であるミナだ。


 ミナはレダを父親として慕っている。それは間違いない。


 妹はまだ幼いし、レダへの好意も家族に対するものだろうが、その好意がいつ異性へのものに変化するのかわからない。




 もちろん、家族として、父と娘としての関係が継続されるかもしれない。だが、その関係が男と女のものになる可能性は決してゼロではないのだ。


 そんなライバルが多い状況に、勇者という一癖も二癖もある女の登場はおもしろくないのだ。




「――最悪、みんなでパパを囲うって未来も悪くはないけどっ」




 できるなら最愛のレダを独り占めしたい気持ちはある。


 しかし、妹はもちろん、ヒルデガルダもヴァレリーのことも嫌いじゃないのだ。


 彼女たちが不幸になるところは見たくない。


 ならば、みんなでレダと幸せになればいいと考えずにはいられないのだ。




「そこにあの勇者はいらないけどねぇ。それにあいつ、パパのために用意したあたしの力作食べやがったしぃ!」




 それは夕食の席でのことだった。


 リッグスに厨房を借りて、妹やヒルデガルダと一緒にレダのために料理を作ることを日課にしているルナは、ナオミの分も仕方がなく作ってあげた。


 宿の客なのでリッグスに用意してもらえばいいのだが、ひとりだけ違うというのもかわいそうだと思ってしまったのだ。




 そんな仏心を出したせいか、ナオミは「ルナたちのごはんは美味しいのだ!」と喜び、ついでにレダの皿にまでフォークを伸ばした。


 レダは年下の妹でも見るような優しげな視線を向け、苦笑するだけだった。


 その際、ナオミが奪ったのはハンバーグであり、ルナが愛情をはじめとした様々なドロドロした感情を詰めた最高傑作だったのだ。


 それをたった一口で食べてしまったのも許せない。




「あの小娘っ、ちょっとでも隙を見つけたら痛い目に遭わせてやるんだからっ!」


「……おねえちゃん、さっきからうるさい」


「あ、ごめんね、ミナ」


「あの人のこと嫌いなの?」


「き、聞こえてたみたいね」


「うん」


「だって、あいつ、パパの前で、ルナ・ピアーズって言ったのよ」




 ルナがナオミを受け入れることができないのは、よりにもよってレダの前に捨てたはずの名前を言ったからだ。


 レダの反応からすでに知っていたと思われるが、それでも、他人の口から聞かせたいものではなかった。




「……わたしたち、もうピアーズじゃないよね?」


「当たり前でしょう。あたしはルナ・ディクソンよ。ミナ・ディクソンのお姉ちゃんで、レダ・ディクソンの奥さんなんだから」


「うん。なら、よかった」




 安心した顔をして、再び寝息を立てる妹の髪を撫でると、ルナは近くのテーブルの上に置いていたナイフを一本手に取り、勢いよく壁に投げつけた。


 だんっ、と音を立てて、ナイフが突き刺さる。


 ルナは妹に向けていた笑顔を消し、




「パパの前で、ピアーズを口にしたあの雌豚は絶対に許さないんだから」




 怒りに満ちた表情を浮かべたのだった。






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