10「おっさん対勇者」②




 大剣を大振りしたナオミの一撃は、レダには速すぎた。


 目で捉えることはできても、体が反応してくれない。


 できることは、これからくる衝撃に備えて防御に徹するだけだ。


 身体中に魔力を流して身を固くする。




 次の瞬間、大剣が腹部を捉えた。


 衝撃がくる。吐いてしまいそうなほどだ。


 不幸中の幸いだったのは、彼女の攻撃が大剣の刃ではなく腹で行われたことだ。


 おかげで胴体が斬り離されてさよならすることはなかった。




(――っあああっ、これっ、やばっ、足がっ、浮く!?)




 大剣の一撃を腹で受け止めたレダの体が宙に浮いた。




「うぉおおおおりゃぁあああああああっ!」




 そのままナオミが剣を薙ぐと、レダの体は大きく吹き飛ばされてしまう。


 空を視界に入れたまま、飛んだレダの体が地面に背中から落ち、二度、三度転がっていく。




「おとうさん!」


「パパっ!」


「レダ!」


「レダ様!」




 少女たちの悲鳴が聞こえる。


 レダは立ち上がって、大丈夫だと手を振って見せた。


 しかし、それはやせ我慢だ。


 今の一撃で、あばらが折れている感覚がある。




「やってくれたな――回復」




 痛みを堪えて、回復魔法を唱えると、痛みが消えた。


 不調はない。


 腕を軽く回して、体の確認をすると、レダは拳を握り構えた。




「っ――! すごいぞ! すごいのだ! 自分で自分の怪我を治せるならずっと戦っていられるのだ!」




 歓喜するナオミに、レダは嫌そうな顔をした。




「バトルジャンキーってやつなのかな?」




 正直、相手にしたくないタイプだった。


 レダだって冒険者だ。


 必要があれば戦うが、喜びを感じたことはなかった。


 戦いに楽しみを見出すタイプのナオミと、無意味な戦いはしたくないレダの相性は最悪だ。




「早く続きなのだ! 私を楽しませてほしいのだ!」




 テンションを上げて大剣を構えるナオミに、レダは舌打ちする。


 彼女を町中から移動させたいと考えていたが難しそうだ。


 ルナたちから遠ざけたいという思いもあるのだが、なにごとだと足を止めている住民たちを巻き込んだら大惨事だ。




 レダの数少ない戦闘手段である魔法を町中で使うわけにはいかないので、それでなくとも格上を相手にしているレダはいっそう不利な条件になっていた。




(きっと、場所を変えたいといっても素直に言うことは聞いてくれないんだろうな)




「こないならこっちからいくのだ!」




 再び突貫してくるナオミの速度は、やはり早い。


 だが、二度目なので慌てることはない。


 レダは落ちついて彼女の大剣を見据える。




(動きは目で追える。なら、避けられる!)




 大振り攻撃は、再び目で追うことができた。


 続いて、体を必死で動かし、大剣を掻い潜ることに成功する。




「――っし!」




 そのままの勢いで、ナオミの懐に潜り込んだレダは拳を握りしめ、振り上げる。


 しかし、そのままの体勢で固まってしまった。




(――娘たちと変わらない年頃の女の子を殴れるわけがないだろ!)




 心の中で絶叫している間に、レダは再び剣を振るったナオミにとって殴り飛ばされてしまった。




「おとうさん!?」


「パパっ、どうして!?」




 地面を滑るように転がっていったレダに、娘たちから悲鳴があがる。


 彼女たちもまさかレダが拳を止めるとは思っていなかったようだ。


 そして、それはナオミも同じだった。


 彼女は膨れっ面となり、不満を隠そうとせず、大剣の切っ先をレダに向ける。




「どうして手を止めたのだ!」


「……いや、女の子は殴れないなーって」




 仰向けに倒れたまま、ひらひら手を振ってみせる。


 降参するわけにはいかないが、だからといって戦えるわけではない。




(さて、どうしようかな……うん、本当にどうしよう)




 このままではこちらがジリ貧だ。


 いずれは体力が尽きて終わりだろう。




「むむむっ、それは私のことを馬鹿にしているのか!? 私は強いんだぞ! 勇者なんだぞ!」




 地団駄を踏むナオミが強いことはレダにもわかっている。


 彼女は明らかに手加減していた。


 まず、大剣の刃をレダに当てないように気を使っていた。


 おかげで彼女の攻撃を受けても打撲で済んでいる。


 いくら回復魔法が使えるとはいえ、両断された肉体をつなげる自信はないので、実にありがたかった。




 また、レダを吹き飛ばすときにも、手加減をしていた。


 そのおかげで背後にいる娘たちや、足を止めて見ている住人たちにレダが突っ込むことがないのだ。




「君が強いのは嫌という程わかってるよ。殴れないのはこっちの都合だから気にしないで」




 実にやりづらい相手だとレダは思う。


 ルナを守るために戦っているのだが、勇者ナオミからは一切の悪意や敵意を感じないのだ。


 先ほど彼女がいった、退屈を紛らわすために強者と戦いたいといったのは真実なのだろう。


 ルナの過去を調べ追ってきたことには思うことはあるが、レダはナオミを嫌いになれなかった。




「じゃあ私はどうすればいいのだ! せっかく楽しめると思ってこの町まできたのに!」




 不満を全開にするナオミだったが、もうひとり不満が限界に達した少女がいた。




「――だったらぁ、あたしが相手になってあげる」


「ルナ!? おい、ちょっと待て!」


「待たないからぁ。ていうか、さっきからあたしの大切なダーリンをぼこぼこ殴り飛ばしやがって! 絶対に許さないし!」




 慌てるレダの背後には、ナイフを構えて怒りに満ちた笑みを浮かべているルナがいた。








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