8「勇者登場」②



「え? 嫌ですけど?」


「えぇー!?」




 あっさりと断りを入れたルナに、ナオミが驚愕した。


 どうやらルナと戦えると勝手に思い込んでいたようだった。




「なによ、その馬鹿みたいな顔は?」


「馬鹿じゃないのだ! 私は正義の味方なのだから、暗殺者は倒すのだ!」


「――っ、あんた本当に勇者だっていうの?」


「信じてくれてなかったのだ!? なら、なんだと思っていたのだ!」


「……自称勇者を名乗る痛い子」


「酷いのだー!」




 地団駄を踏んで、ピンク色の髪を振り乱しながらナオミは怒りを露わにした。




「私はちゃんと教会と国から認められた勇者なのだ! 魔王だって倒したし、この間だって暇つぶしに王都に蔓延る暗殺組織を壊滅させたんだぞ!」


「暇つぶしって、あんたね。まぁ、あの組織を壊滅させてくれたことには感謝してるけど、もうあたしあの組織と関係ないし」


「うん? でも、私が潰した組織に一員だったのだろう? 幹部の奴らの腕を切り落として目の前て焼いてやったら、ペラペラ喋ったぞ?」




 さらりと物騒な発言をしたナオミに、ルナだけではなく、周囲の人間の顔が引きつった。




「お、おとうさん、あの人、ほんとうに勇者なのかな?」




 不安そうにレダの腕を引っ張るのはミナだ。


 彼女もまたルナ同様に暗殺組織に囚われていた。


 ミナの場合はただ囚われていただけではあるが、その扱いは決して良いものではなかった。


 その証拠に、レダと出会ったばかりのミナはなにかに怯え、着ているものはボロ同然。足は裸足で傷だらけだったのだから。




 ルナに至ってはさらに酷い。


 大切な妹を人質に取られ、暗殺者になることを強要されていたのだから。




「わからない。俺は勇者を見たことがないんだ。でも、確か、聞いた話だと……桃色の髪、大剣、炎の使い手、年齢は確か十七歳だったはず」


「……おとうさん、それって」


「外見だけなら、俺の知る勇者と一致してるね」




 まずい、とレダは思った。


 組織が壊滅されて安堵していたが、もしかしたらルナの過去をほじくり返す人間がいつか出てくるとも覚悟していた。


 だが、まさか、勇者を名乗る少女がそんなことをするとは夢にも思っていなかった。




 それも、本物の可能性が高い。


 もっといえば、わざわざこんな辺境の町に、ルナを追いかけてくるとも思っていなかった。


 仮にあっても、もっと先のことだと考えていたのだ。




(俺の考えが甘かったんだ!)




 娘のためにもっと対策できていたかもしれない。


 そう思うと悔しく思う。


 が、反省は後でいい。




 今は、ミナが泣きそうな顔でレダを見ている。


 ルナだって、言葉では気丈にナオミと言い合っているが、どこか不安そうだった。




「待ってくれ! 君が本当に勇者だとして、ルナのことをわざわざ探しにくるほど、彼女がなにをした?」


「私は知っているのだ。その子が何人もの人間を手にかけたことを」


「――っ」




 あえて勇者はレダたちだけに聞こえるよう、呟くような小さな声だった。


 こちらに気を使ったのかと思ったが、暗殺者と連呼しているので違うかもしれない。




(やばいな。間違いなくルナの過去を知られてる)




「だったらなんだっていうんだ。この子は、妹を人質に取られて強要されていただけだ。それなのに一方的に責めるというのなら――」


「うん? 勘違いさせてしまったのだな。ごめんごめん。私は別にルナ・ピアーズを責めるつもりはないんだぞ?」


「なんだって?」


「ルナ・ピアーズが始末した人間は、反吐が出る悪党だけなのだ。殺して感謝する人間は多くても、恨む人間はいないと思うのだ」


「なら、どうして君はルナを追ってきた?」


「組織の人間が言っていたのだ。ルナ・ピアーズは強いと。私は、強い人間と戦いたい。ただそれだけなのだ」




 レダは絶句した。




「……そんな理由でわざわざこの町にきたっていうのか?」


「その通りなのだ! 私は魔王と戦い、勝利したのだ。うん、あれは実に楽しい戦いだった。だが、その後、私は満たされない! 本気で戦える相手がいなくなってしまったからだ!」


「……この子はなにを言ってるのだ?」


「だから私はずっと強者を探しているのだ。悪い組織を潰す正義の味方として、誰か私を満たしてくれる人間がいないかと探して探して探して――ルナ・ピアーズを見つけたのだ」


「そんな理由でルナを?」


「そんなとは失礼だぞ! 私はとってもとっても退屈しているのだ!」








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