6「女同士の会話」②
「まて、そこでなぜレダの初めての相手がルナになるのか理解ができない。私も経験はないが、ここは年上のお姉さんが導くのが一番ではないか?」
興奮するルナに待ったをかけたのはヒルデガルダだった。
彼女は自分こそレダにふさわしいと、平らな胸を張っている。
「つるぺたのロリババのどこがお姉さんよ! 鏡見てから出直してきなさいよ!」
ルナも負けてはいない。
ヒルデガルダは確かに年上なのかもしれないが、どう見比べとも、エルフ少女とルナの体型に大きな差はなかった。
「……では、わたくしがレダ様のお相手を務めさせていただきますわ」
「却下! あんた、貴族でしょ! 適当なことしてお兄さんに怒られたって知らないんだからね!」
「まぁっ、ひどいですわ。わたくしがレダ様を思う気持ちは適当ではありませんわ!」
自分も、と名乗り出たヴァレリーはルナに却下された。
領主の妹の彼女とレダが関係を持つのはいろいろまずい。
せめて恋人になってからではないといけないだろう。
「うーん」
姉たちのそんなやりとりを見守っていたミナが、頬に手をあてて首を傾げている。
そんな妹に気づいたルナが声をかけた。
「どうしたの、ミナ?」
「あのね、おねえちゃんたちがおとうさんのこと好きなのをちゃんとわかっているのかな?」
ミナの言葉に、一同は雷が落ちたような衝撃を受け、黙りこくった。
実をいうと、口にしないだけで不安はあったのだ。
こちらは好意を明け透けにしているというのに、レダは苦笑いばかりだ。
もしかしたら、冗談で言っていると思われているのではないかと勘違いされている気がしないでもない。
それでは困ってしまう。
ゆえに、ルナたちは彼への好意を隠そうとはせず、積極的にアプローチしているのだ。
本気でレダ・ディクソンに恋をしているのだと、いや、それ以上の想いを抱いているのだと知ってもらうために。
「……あまり考えたくなかったが、レダには誰か想い人がいるのではないか?」
「そんな! だったら、こんな田舎町にうつり住もうなんて思わないでしょ!」
「……あの、ルナちゃん、田舎町は事実ですが、そうはっきり言われますと。一応、お兄様は頑張っているので、もっとオブラートに包んでいただければ」
「田舎町は田舎町でしょ! ならド辺境って言い換えてあげる! っじゃなくて! パパが誰に惚れているって!?」
「落ち着け、ルナ。そういう可能性もあるということだ。逆に――」
「逆に、なによ?」
ヒルデガルダは少し躊躇いがちに、考えを口にした。
「レダは、私たちの知らないところで、女に酷い目に遭わされたことがあるのではないだろうか?」
「それってどういう意味ですの?」
ヴァレリーが緊張した表情で問いかける。
「言葉通りだ。レダは優しいがお人好しでもある。そんなレダを利用しようと企む心無い人間は少なからずいただろう」
「あー、あの元パーティーリーダーの野盗とかも、パパを利用した挙句、逆恨みしてたし、ありえるわよね」
ジール率いる野盗の襲撃があったことをきっかけに、レダは冒険者時代のことをざっくりとではあるが話してくれた。
しかし、プライベートに至るまで話してくれたわけではない。
ルナたちはもちろん、一番長く一緒にいるミナでさえ知らないのだ。
「……やはりレダ様の過去を調べる必要があるのでしょうか?」
気にはなるが、いざ本当に想い人の過去を調べるには気が引ける。
レダの過去を知りたいという気持ちと、勝手に調べていいのかという気持ちが、ひしめき合う。
「うーん、おとうさんに聞いてみないの?」
「……そうしたいけど、ちょっと怖いわよね。パパがもし辛い過去とか持ってるのなら、無理に話させたら嫌な思いをしちゃだろうし」
少女たちは悩む。
好きな人のことをもっと知りたいと思いながらも、彼が黙っていることを暴いていいのか、その答えは結局出そうもなかった。
――だが、後日。レダの過去に関わる女がアムルスにやってくるとはこのときは夢にも思わなかったのだった。
◆
席には戻らず、カウンターで珈琲に舌鼓を打つレダは、微笑みながら少女たちを見守っていた。
内容こそ聞こえないが、なんだか楽しそうに話している姿を見ているとホッとする。
辛い過去を抱えるミナとルナ。
一年もの間、苦しんだヴァレリー。
人間と長い時間距離を開けていたエルフのヒルデガルダ。
そんな四人が仲良くしてくれているのが嬉しいのだ。
「……こんな穏やかな時間が続けばいいな」
娘と友人たちと一緒に、この町で他愛ない日々を送りたい。
レダは心からそう願うのだった。
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