4「結婚首輪」


 少女たちと甘いひと時を過ごしていたレダに、ルナが思い出したように声をかけた。




「ねえねえ、パパ?」


「ん?」




 パンケーキを食べ終えて、一同は満足していた。


 食後のお茶をそれぞれ傾ける少女たちは思い思いに談笑している。


 そんな中、ルナがなにかを期待するような瞳を向けてきた。




「もうすぐあたし誕生日じゃない?」


「プレゼントなら用意してあるよ。もちろん、当日まで内緒だから楽しみにしていてほしいな」


「うれしっ。パパ、大好き! でもねぇー、おねだりしてもいい?」


「なにかほしいものでもあるの? なんでも言ってよ」


「いいの!? さっすがパパ!」




 ルナはもう数日で成人を迎える。


 彼女が大人の仲間入りを果たすと、少々怖いことになりそうな気がしないでもないが、とにかくめでたいことである。




 レダが育った田舎では、その年に成人する子供たちを村をあげて祝った。


 ちょっとしたお祭りだ。


 レダ自身も例外なく、同郷の人々に祝ってもらえたのは記憶にしっかり残っている。




(――みんな、どうしているかな。シスターとか元気かな?)




 王都に出てから音信不通に近かったレダは、故郷の人々を懐かしんだ。




「それで、なにが欲しいの?」


「結婚指輪!」


「却下!」




 即断だった。


 まさか、とは思ったが、想像通りの要求にレダは苦笑する。


 好意を抱いてくれるのはとても嬉しいことだ。


 こんなおっさんのどこに慕う要素があるのか不明ではあるが、悪い気などするわけがない。




 だが、ルナの人生はこれからだ。


 年の離れた自分などではなく、年の近いいい人と出会って恋をして欲しいと思っている。


 もちろん、これはレダの勝手な想いである。


 ルナにしてみたら大きなお世話だと言われかねない。




「えぇー! もう成人じゃん! いいじゃん! 名実ともに奥さんになる日が来たんだよ!」


「名実って……駄目です。駄目駄目!」


「うーっ、パパのケチっ!」




 結婚指輪をもらえないことにルナは不満顔だ。


 かわいいルナのためならなんでもしたげたいレダだったが、これはさすがに無理だった。




「そうですわ、ルナちゃん! 結婚指輪ならわたくしだってほしいのですの!」


「あんた誕生日じゃないでしょ!」


「誕生日なら結婚指輪を求めてもいいんですの?」




 期待した瞳をレダに向けるヴァレリーに、レダは一言。




「いえ、あの、ご遠慮ください」


「あんっ、レダ様ったらつれないですわ」




 出会ったころと比べるとヴァレリーも積極的になったと思う。


 正直、年頃の女性に好意を向けられるのは嬉しい。


 だが、貴族の彼女が、レダに想いを寄せる理由がわからない。




(……なんだろうこれは、遅いモテ期なんだろうか? いやいや、違う違う)




 ヴァレリーは火傷から救われたことで感謝してくれているのだ。


 その感情が好意に見えるだけだと言い聞かせる。


 勘違いしたところで恥をかくのはレダである。




「じゃあじゃあ、結婚首輪でいいからちょうだい!」


「結婚首輪!? なにそれっ!?」




 レダの脳裏には、革製のゴツゴツした首輪をつけられて嬉しそうに微笑むルナが浮かぶ。




(――って、どんな想像してるんだよ!)




 ぶんぶんっ、と頭を左右に振っておかしな想像を消し去る。


 それ以前に、結婚首輪なるものが存在しているわけがない。




「え? パパ、知らないの?」


「ま、まさか……」


「ここ数年、王都じゃ人気らしいわよ」


「いやいやいや、結婚首輪とかありえないだろ!」


「いえ、ルナちゃんが言っていることは本当ですわ。結婚首輪は貴族だけではなく、皆様に流行っていますわ。わたくしが聞いたことがあるのは、結婚首輪鎖付きが特に人気があるそうで、多くの方に需要があるそうですわよ」


「ないでしょ! 結婚首輪だけでも信じられないのに、鎖までつけちゃって、それ本当に結婚に必要なアイテムなの!?」




 レダは大いに戸惑った。


 王都で数年生活していたが、結婚首輪など、しかも鎖付きなど聞いたことがない。




「……あれ? 俺が知らないだけで流行っていたのかな? そういえば、首輪をしている人がちらほらいたような気も……いやいや、ないないない!」




 記憶を探ると、首輪をつけている男女がいた気もする。


 が、勘違いであることを祈った。


 もっといえば、たとえ誰かと結婚することになっても首輪だけは送りたくないなぁと思う。




「ちょっと、珈琲のお代わりしてくるね」


「いってらっしゃーい」




 レダは頭をスッキリさせるために珈琲を求めて立ち上がると、カウンターに向かった。








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