3「穏やかな日常」③
「……まさかとは思うけど、女を使って引き抜きしようとか考えてないわよね」
「ありえると思います。兄からも……その、注意するようにと言われました。ですから、ルナちゃんにお話したほうがいいと思いましたの」
神妙な面持ちのヴァレリーに、ルナは唾を飲み込んだ。
最愛のレダは少々お人好しであり、女性に甘い――いや、免疫がない。
そんな彼がハニートラップが送られてくればどうなるかなど考えるまでもない。
――パパの童貞が奪われちゃうじゃない!
娘として、家族として、妻としてルナはどこの誰とも知れぬ女に先を越されるのは許せなかった。
「ありがと。聞いておいてよかったわ。ま、パパに悪い虫を近づけるつもりなんて微塵もないけどね」
出会った日、優しく抱きしめ愛してくれると言ってくれたレダをルナは手放す気はない。
なにがあろうと生涯側にいると決めていた。
そう、たとえ、彼の隣を歩くのが自分ではなかったとしても、だ。
――もちろん、あたしが最後に勝つのはわかってるけど! 他の女に負ける気なんてないけど!
「うふふふ、さすがルナちゃんです。とても頼りになりますわ」
「ふふふっ、もっと褒めていいのよ」
「つぎはまたわたしがあーんしてあげる」
「ほら、レダ。こっちもだ」
「――って、さっきからなにしてんのよ! ミナ! ヒルデ! パパっ!」
「そうですわ! ずるいですわ! わたくしもレダ様にあーんして差し上げたいですし、してもらいたいですのに!」
ルナとヴァレリーは声を殺して話をしている横で、ミナとヒルデガルダはレダと仲良く食べさせあっていることに不満の声をあげた。
「えー、だっておねえちゃんたち、なかよくお話してるから」
「夢中になって話をしているから邪魔をしないほうがいいと気遣ってやったのだ。それに、話題も話題だったしな」
耳のいいヒルデガルダには、ふたりの会話は丸聞こえだった。
もちろん、彼女もレダがハニートラップに引っかかることを望んでいない。
「あはははは、俺の話なんだろうけど、もっとこっそり話してくれると嬉しかなぁ」
そして、やはり会話が聞こえていたレダは苦笑いだ。
好意をいだいてくれているふたりが手を取り合って、自分に女を寄せ付けないと企む姿には、色々と思うことはある。
できれば見えないところでやってほしいとも思ってしまうのは、言うまでもなくレダがヘタレだからだ。
とくにハニートラップなんてされるのはぞっとする。
自分で認めるのもなんだが、女性に免疫がないのだ。
いざそういうときにちゃんとした対応がとれるかどうかも不安だった。
なので、ルナたちの会話を聞こえないふりをしていたのだ。
「そんなことよりもっ! ほら、あたしもあーんさせてあげるから、食べさせてね、パパ!」
「抜け駆けですわルナちゃん! わたくしはあーんしたいですわ。レダ様、はい、あーんしてください!」
ルナが口を開け、ヴァレリーがパンケーキをフォークに刺して、差し出してくる。
レダは苦笑しつつ、彼女たちの要求に応えた。
「おとうさん! わたしもわたしも!」
「うむ。あーん、はいいものだ。私ももっとしてやろう!」
姉たちを見て、ミナとヒルデガルダもさらに要求する。
「そ、そろそろお腹いっぱいだから、あーんされるのは勘弁してほしいなぁ……なんて……うそです、食べたいです。あーん」
適度に甘いものを食べるなら構わないが、三十路に過度な糖分は危険だ。
そこまで筋肉質ではないレダは、少々お腹周りを気にしていることもあり、これ以上のパンケーキの摂取は避けたい。
しかし、そんなレダの訴えも、女性陣に却下されてしまう。
レダは困った顔をしながら、パンケーキを娘たち食べさせてもらい、ときには食べさせていく。
(……きっと明日は今日よりも太っているんだろうな)
そんなことを考えながら、少女たちの笑顔が見られるなら安いものだと思うのだった。
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