2「穏やかな日常」②



 ミナたちがレダと和やかにあーんしている一方、ルナとヴァレリーは女同士の話で盛り上がっていた。




「わたくしにとって、レダ様はもちろん、ルナちゃんとミナちゃんも恩人ですもの。それに……ライバルでもありますものね」




 ヴァレリーの言葉に嘘偽りはない。


 思い出すだけで涙がこぼれそうな酷い火傷を治療してくれたのがレダならば、正気を取り戻してくれたのはルナたちだ。


 この恩はきっと生涯を費やしても返しきれないだろうと思っている。




 ――もちろん、ご恩とレダ様への想いは別問題ですけれどね。




「ですから、皆様と仲良くしたいというのは本当なのですよ?」


「ふーん。敵情視察をしたいってことね」


「その下心がないと言ったら嘘になりますが、レダ様と距離を縮めたいのなら、まずあなたたちと親しくならなければと思いましたの。あっ、もちろん、レダ様を抜きにしても皆様と仲良くしたいのは本心ですわ」


「ふんっ、こっちはお断りよ。どうして恋敵と仲良くしなきゃならないのよ!」




 ルナからしても、ヴァレリーは愛嬌と可愛らしさを持つ、羨ましくなる美人だ。


 レダに恋する少女たちの中で、彼と歳も近く、隣に並べば少し年下のかわいい彼女といった具合になる。


 自分ではせいぜい娘止まりなことくらいわかっている。




 一番の年長であるエルフのヒルデガルダは年齢こそ三百歳を超えているのかもしれないが、外見だけならミナとそう変わらない。


 つまり、最大の敵はヴァレリーだとルナは考えていた。




 ヴァレリーは優良物件だ。


 領主の妹で、貴族のくせに性格もいい。


 これで美人なのだから、やってられないと思いたくなる。




 ただし、ヴァレリーからすればルナだって最大の敵である。


 毎日一緒にいることのできる娘ポジションにいながら、女として攻めていくのはずるい。


 真似ができない小悪魔めいた言動と、ときには甘えるような仕草が同性から見ても可愛らしい。


 家族というカテゴリーの中にいるため、レダが心を許しているのも羨ましい。




 外見だってそうだ。


 健康的な褐色の肌を露出させている姿は魅力的で眩しい。


 褐色の肌に、シルバーブロンドの長い髪が映えて見える。




 なによりも、毎晩一緒に寝ているときいた時には嫉妬してしまった。


 どうにかして一度でいいから代わってもらえないだろうかと何度も考えてしまう。




「いいえ、わたくしたちは仲良くしておくのが一番だと思いますわ」


「なんでよ?」


「おとうさん、わたしにもあーんして?」


「はいはい。あーん」


「あーん! んんっ、おいし!」


「あっ、ミナばかりずるいぞ! レダっ、私にもあーん、あーん」


「ヒルデまで……しょうがないな。あーん」


「――っ、これはいいな。美味しいパンケーキがより美味しくなったぞ!」




 ルナとヴァレリーの隣では、レダのパンケーキをねだるミナとヒルデガルダの姿があった。


 ふたりとも甘えて「あーん」してもらってご満悦の表情だ。


 そんなふたりを眺めてレダは頰を緩めている。




「レダ様のような魅力的な男性に、わたくしたち以外の女性が惹かれないとは限りません」


「なるほどねー。つまり、あんたはあたしと組んでパパに他の女を寄せ付けたくないのね?」


「いいえ、そうではありません。レダ様は素敵な方ですので女性から慕われるのは無理もありません。ですが、ふさわしくない方も出てくると思いますの」


「ふーん。パパの治癒士の腕を目当てとか、利用してやろうと考えている女を排除したいってことね」


「はい。……実は、兄にレダ様をほしいという別の領地からのお手紙が届くそうです」




 同じテーブルにいるレダに聞かれないよう、声を潜めたヴァレリーの言葉に、ルナが目を丸くした。




「え? もう?」




 驚く少女に領主の妹は頷く。




「ええ、どの町でも治癒士に診ていただくにはお金がかかりますが、レダ様のような例外はいないでしょう。噂になるのも無理はありません」


「どこから噂になったのかしらね」


「おそらくは商人の方々からでしょう」




 町を行き来する商人の商品のひとつが情報だ。


 商人の中には、レダの情報を売る人間もいるのだ。




「金のかからない治癒士は、そりゃ自分の領地に欲しいわよね。あわよくばお抱えにしちゃおうってことでしょ?」


「強引な引き抜きこそ今はありませんが、いつレダ様に接触するのかわかりません」




 この心配はヴァレリーだけではなく、兄のティーダも同様だった。


 冒険者ギルドだっておなじだ。


 このアムルスからレダがいなくなられてしまうと大変なことになるのは間違いなかった。








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