1「穏やかな日常」①
「ふぉー。ふぉぉー!」
大量の生クリームと苺ソースがたっぷりとかけられたパンケーキを前に、ミナ・ディクソンは大興奮していた。
「もうっ、ミナったら子供なんだから」
ルナは興奮を隠す気のない妹に苦笑しながら、目の前にある生クリームとラズベリーソースで彩られたパンケーキにうっとりしている。
「これがパンケーキか……里にはない食べ物だな。じつに美味しそうだ」
バナナとチョコソースでデコレーションされたパンケーキを興味深そうに眺めているのはヒルデガルダだ。
「うふふふ、ミナちゃんったらかわいいですわ」
姉妹とエルフたちを微笑ましく見守るのは、アムルス領主の妹ヴァレリー・ローデンヴァルトだった。
彼女の前には、メイプルシロップをかけたシンプルなパンケーキが置かれていた。
そして、
「あのさ、俺って場違いじゃないかな?」
女性客が溢れる店内でひとりきりの男性客のレダは、なんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
彼の前にもチョコレートソースと苺のパンケーキが置かれていた。
アムルスに来てから休みらしい休みがなかったレダだったが、今日は完全にオフだった。
まだ診療所は開設されていないが、怪我人が出れば、同じ治癒士のユーリ・テンペランスが診てくれることになっている。
もちろん、治療費はレダと変わらない安い設定だ。
回復魔法を使うことを第一に考えているユーリは、レダが休日を取るために快く代打を引き受けてくれた。
難色を示すはずの回復ギルドから送られていた助手たちだが、ユーリは方向性の違いからと王都に追い返してしまっている。
レダと同じようにギルドと契約を交わしたとも聞いているので、今後ユーリが治癒士として活躍することは間違いないだろう。
そんなわけで、レダは家族サービスをするための時間を手に入れたのだ。
丁度、そんなところにヴァレリーが現れた。
なんでも王都で人気のパンケーキ専門店がアムルスに支店を出しているので、よかったら一緒に、と誘ってくれたのだ。
連日賑わっているパンケーキ専門店に、以前からルナとミナは興味津々だったらしい。
しかし、いつも混んでいることと、一緒に行きたいレダが多忙なことから、その思いを口にすることはなかった。
そこへヴァレリーのお誘いとレダの休日だ。
姉妹が喜んだのは言うまでもない。
先日から一緒に暮らしているエルフのヒルデガルダも、人間たちの文化に興味があったことと、やはり女の子なのだろう、甘味が好きだということから一緒だ。
「んーーーっ、おいしっ! はぁ、最高っ!」
ルナが頬を抑えてパンケーキに舌鼓を打つ。
甘酸っぱいソースと、甘さ控えめのクリームが絶妙に混じり合い飽きのこない味となっている。
厚みのあるパンケーキはしっとりとしながらふわふわだ。
両者が合わさることで口の中が幸せになっていくのをルナは確実に感じていた。
「ふむふむ。このチョコソースも素晴らしい味だ。くどさがなく見た目に反してあっさりしている。もぐもぐ。これは美味しいな」
冷静に味わっているようでヒルデガルダの頬はパンケーキでいっぱいだ。
ソースを唇につけていることから、夢中で食べていることがわかった。
ミナに至っては言葉を発することなく、真剣に味わっている。
そんな少女たちをレダとヴァレリーは微笑ましく見守りながら、自分たちもパンケーキを味わった。
「ところで、どうしてあたしたちを誘ってくれたの? なかなか機会に恵まれなかったから感謝はしてるけど……」
もぐもぐと口を動かしながら、行儀悪くフォークの先端をヴァレリーに向けるルナ。
彼女がレダだけではなく、自分たちも誘ってくれたことを疑問に思っているらしい。
「わたくしはルナちゃんはもちろん、ミナちゃんとヒルデガルダちゃんとも仲良くなりたいのですわ。お屋敷にも遊びに来てくれませんし」
「あのね。貴族の、それも領主の屋敷にほいほい遊びにいけるわけがないでしょ」
「そんなこと気にしなくてもいいですのに」
ヴァレリーにはもちろん、ティーダにさえ遠慮のないルナだが、一応は気を使っているらしい。
「おとうさん、わたしのも食べて? はい、あーん」
「うん、あーん」
甘いものを結構好きなレダは、娘から差し出されたパンケーキをもらう。
淹れたての珈琲の苦味と、パンケーキの甘さが丁度いい。
一見すると甘ったるそうな苺ソースも、さっぱりしていて何枚でも食べられそうだ。
「私もやってみたいぞ。ほら、レダ、あーん、だ」
「はいはい、あーん」
「うむ。これはいいものだな」
ヒルデガルダがミナとレダを羨ましく思い、自分もとフォークに刺したパンケーキを向けてきた。
チョコソースがバナナとよく絡み、絶妙な美味しさだ。
女性に人気なパンケーキではあるものの、男性のレダでもおいしいと思えるのはさすがだと思う。
「おいしい?」
「美味いだろう?」
「ああ、美味しいよ」
可愛らしい家族にパンケーキ食べさせてもらったレダは、頰が緩む自覚があった。
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