51「レダ対ジール」④



 ジールは屈辱に顔を歪ませながら走っていた。




「畜生っ!」




 レダに負けたのだ。


 剣士としてそれなりの実力を誇り、自信を持っていたにも関わらず、武器も持たない元雑用係に額を割られて無様に逃げている。


 この現状を受け入れることができずにいた。




「ゆるさねぇっ、レダぁ! 絶対に殺してやる! てめぇも、てめぇの娘も、苦しめて苦しめまくって殺してやるよぉ!」




 今のジールにはレダへの復讐しかない。


 野盗仲間が略奪に成功したのか、物資や人間をどのくらい奪い、儲けがどのくらいあるのかすら興味がなかった。


 とにかくレダとその娘たちを後悔させてから殺したい、それだけだった。


 しかし、




「おっと、そいつはこっちが許さねえぞ」




 何者かの声が響き、ジールが足を止める。


 町の大通り。北門の出入り口までもう少しという場所だった。




「誰だ! ――っく」




 声の主を探そうとして、言葉をなくす。


 眼前には複数人の冒険者と自警団と思われる人間が武器を構えて揃っていた。


 ひとりの男が一歩前に出て、話しかけてくる。




「よう野盗どもの大将さん。俺はテックスっていうんだ。短い間だけどよろしくな」


「冒険者か」


「冒険者もいるし、自警団もいるし、立ち上がった有志もいる。お前さん、終わりだぜ」


「ふざけるな! 俺の仲間はどこだ! まだ仲間がいるだろ! 百五十人連れてきたんだぞ!」


「はぁ? なに眠てえこと言ってんだよ。お前さんのお仲間はみんなあの世に旅立ったか、捕縛されたかのどちらかだぜ」


「は?」




 仲間が壊滅していることをあっさりと告げられて、ジールが唖然とする。


 そんなこと受け入れられるわけがない。




「う、嘘だ!」


「嘘じゃねえって。つーか、大した装備もしてねえ野盗風情がこの町なめてんじゃねえぞ。俺らはこのアムルスを守るため毎日モンスターと命がけで戦ってんだ。てめぇらみたいなクズが何人集まったって負けるわけがねえだろ」


「……馬鹿な」


「この町から略奪するのに百五十人だ? 足りねえよ、せめて倍は連れてきやがれってんだ」


「は、はははは、嘘だ、嘘に決まってる! 俺たちは、俺たちは――」


「ただのクズだろ?」




 テックスたちは野盗に一切の容赦をしなかった。


 相手にも事情があるのかもしれないが、この町を守護する冒険者として、略奪を許すわけにはいかない。


 降伏する間も与えず、見つけ次第切り捨ててきた。


 捕縛された野盗は五十人ほどだが、彼らは運がいい。


 とはいえ、死罪が下されるか、死ぬまで強制労働のどちらかだろう。




「そうだった。てめえらが攫っていた人たちもみんな助けさせてもらったぜ。まさか奴隷商の真似事してるとは恐れ入ったぜ」


「てめぇ! 俺たちの商売品を!」


「まさか、あのアマンダの嬢ちゃんまで捕まっているとは思ってなかったがな。大方、レダの居場所を吐かせてつまらねえ真似をしようとしたみたいだが、ちょっとおイタがすぎたな」




 アマンダもすでに救出済みだ。


 暴行のあとが酷く衰弱しているが命に別状はない。


 怖い目にあったのだろう。


 敵対していたアムルスの町の人間にも協力的だった。


 今は医者が手当てをしているが、レダに回復魔法を頼むことになりそうだ。




「ありがたいことに、貴族や商人とのやり取りもちゃんと残してくれてあったみたいだから、領主様もお喜びだ。中には敵対している貴族もいたらしいじゃねえか。これで潰せるって、まあ、なんというか貴族様っていうのはおっかないねぇ」




 ジールたち野盗が今まで攫って売った商売相手の大半が貴族だ。他には商人や、訳ありたちが暮らす農村などもそうだ。


 もっとも、商売期間は短かったゆえ、被害者が多くないのが幸いだが、それでも被害が出たことは間違いない。




 基本的に奴隷は禁止されているので違法だ。


 唯一容認されている奴隷も犯罪奴隷のみだ。


 野盗から奴隷目的で人間を買った者は厳しい処罰を受けるだろう。


 いや、それ以前の問題だ。人間の売買は厳しく禁止されているのだから。




 よくて私財没収や家の取り潰し、悪ければ死罪だ。


 下手をすれば、家族すら投獄される可能性だってある。




「ま、つまり、お前さんはお終いだ」


「ふざけんじゃねえ! 俺はこんなところで終わらねえ! まだだ! まだなんだよ!」


「いやいや、お前さん終わりだって。ほら、後ろを見てみ」


「――あ?」




 テックスがジールの背後を指差す。


 彼は気になり振り返ってしまった。


 するとそこには、




「よくも俺の大切な娘に手を出しやがったな、ジールぅううううううう!」




 怒りの形相で拳を握りしめたレダがいた。






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