50「レダ対ジール」③



「待て、ジール!」




 逃げ出したジールをレダが追いかけようとする。




「待って! おじさん! パパを治して!」




 そんな彼の背中に涙声のメイリンの声がかかる。


 とっさに足を止めたレダ。


 頭に血が上っていた自覚をした。


 ジールを追いかけることも大事だが、家族同然の人が怪我をしているのに放っておくことなどしてはならない。




 レダは倒れて血を流すリッグスの傍に膝をつき、回復魔法を腹部に当てた。




「……うぅ、すまねえ、レダ」


「娘たちを守ってくれてありがとうございます」




 傷が癒え、顔色をよくしたリッグスにレダだけではなく、メイリンたちも安堵した。


 続いて、倒れているヒルデガルダにも回復魔法をかける。




「すまない、レダ。不覚にもやられてしまったよ」


「そんなこと言わないでくれ。ミナたちを守ってくれたんだろ?」


「……結果、このザマさ、不甲斐ない」


「無事でいてくれたならいいんだ。悪いけど、ここを任せていいか? いつ野盗が襲ってくるかわからない」


「もちろんだ。この次は遅れを取らないと約束しよう」




 力強く頷いてくれるヒルデガルダに、この場を託すことに決めた。




「ルナ、ミナ」


「パパ」


「おとうさん」




 レダはふたりを力強く抱きしめた。




「無事でよかった」


「ありがとう、おとうさん。助けてくれて、ありがとう」


「ごめんね、パパ。あたしお姉ちゃんなのにミナのことちゃんと守れなかった」




 捕まってしまったミナ、妹を助けられなかったルナが涙する。


 抱きしめている娘たちに、レダは無事でよかったと本当に思う。


 万が一のことがあったと思うと、脅威が去った今でもゾッとしてしまう。




「ルナ、ヒルデと協力してここを、ミナのことを頼む」


「ええ、もちろんよ」


「ミナ、いってくるよ」


「うん……おとうさん、気をつけてね」


「ああ、もちろんだ」




 ふたりの体を離し、それぞれの頭を優しく撫でると、レダは未だ尻餅をついたままのネクセンのほうを向く。




「おい、ネクセン」


「な、なんだ!」


「この宿にいる、もしくは今後増えるかもしれない怪我人を治療してくれ」


「はぁ!?」


「それと、あとで俺と一緒に外に出て怪我人を見つけ次第治療するんだ」




 レダの言葉に、ネクセンが震えだす。


 そして怒声を発した。




「ふざけるな! なぜ、私が! 報酬はどうなるんだ!?」




 この期に及んで、まだ金の話をしようとするネクセンの襟首を掴んで持ち上げる。




「あんた、いつまでそんなこと言い続けているつもりなんだ!? 金がほしくて治癒士になったのか!?」


「ああ、そうだ! そうだとも! 私は金のために治癒士になったんだ! 貧しい暮らしから逃れたかった! 私が私の魔法を有効活用して金を稼いでなにが悪い!」


「そうかよ。だけど、あんたは一度でも人のためになにかをしようと思ったことはないのか!? 金とか関係なく誰かを助けたいと思ったことが一度もないのか!?」


「――それは」


「もし、あんたに人としての優しさが残っているなら、治癒士としてじゃなくて、人間ネクセン・フロウとして誰かを助けてみせろよ!」




 そう言い放ったレダは、ネクセンから手を離すと、娘たちに頷いた後にジールを追って走っていく。


 残されたネクセンは、悔しげに唇を噛み締めていた。




「――私だって」




 ネクセン・フロウは、貧しい孤児院出身で日々食べ物に困る境遇だった。


 五歳の頃、金に困った両親に捨てられ、幼いながら何度自身の境遇を呪ったのかわからない。




 ――いつか貧乏から抜け出してやる!




 そう決意し、成人前から冒険者を目指した。


 そんな矢先、回復魔法に目覚めた。


 すると、驚くべきことに人生が一変したのだ。




 回復ギルドに所属する治癒士に引き取られ、弟子として育てられた。


 暖かく美味しい食事、柔らかく心地のよいベッド、使用人が世話をしてくれる日々は夢のようだった。




 師匠は決して善人とは言えなかった。


 高額な治療費を請求し、払えなければ患者の家族を奪い奴隷のように扱った。


 おぞましく酷いことをしていたのも目にしたことがある。




 しかし、ネクセンは見て見ぬ振りをした。


 師匠には恩があった。それに、今の生活を奪われたくなかったのだ。


 これをきっかけに、ネクセンは治癒士として治癒士らしく成長していくこととなる。




 成人すると、師匠から回復魔法の腕を認められ、仕事を手伝うようになる。


 すると、今まで無縁だった大金を手に入れることができた。


 数年が経ち、一人前として認められると独り立ちし、治癒士として稼ぎ続けた。


 以後、金に困ったことはない。




 二度と貧乏に戻ってたまるか。


 そんな感情を胸に、ネクセンは稼ぎ、貯蓄を増やしていった。


 そして、自分を捨てた両親にざまあみろとばかりに豪遊した。




 ただ、高額な請求と、患者を患者としてみない横柄な態度から恨まれてしまうこととなる。


 そんな折、回復ギルドにアムルスという町を紹介され、そこで治癒士として再び活動することに決めたのだ。




「ええいっ、レダ・ディクソンめ! 人の事情を無視して言いたい放題言いおって! 私だって、人のために役立ちたいと思ったことくらいあるに決まっているだろう! ちくしょう! いいだろう! 私だって、この町の一員だ! 無償で治療してやる! そこの小娘!」


「はぁ? 小娘ってあたしのこと!?」




 急に指さされ目を丸くするのはルナだった。


 ネクセンは少女の驚きなど知らんとばかりに声を張り上げる。




「そうだ、貴様だ! そこの図体のでかいドワーフと怪我をしていない人間を使って、怪我人を私のもとへ連れてこい。私が片っ端から治してやる!」


「ふーん。治癒士が無償で治療できるの? しんじゃったりして」


「無償で治療しただけで死ぬものか! この愚か者め! ええいっ、早くしろ! 私の気が変わっても知らんぞ!」




 叫んだネクセンに、ミナとリッグスは顔を見合わせて頷くと、怪我人を周囲の人たちと協力して彼のもとに運んだ。




「治癒士ネクセン・フロウの誇りにかけて貴様たちを治してやる! 感謝しろ!」




 この日、ネクセン・フロウは、はじめて治療費を取らず、人命優先で多くの人間を治療したのだった。






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