49「レダ対ジール」②




「っち、まだ仲間がいやがったのか!」




(――くそっ、このタイミングで!)




 レダは内心舌打ちをする。


 その間にもネクセンが食堂に現れ、この状況を目撃してその場に尻餅をついた。




「ひぃっ、どこが安全なんだぁ!」




 喚くネクセンにジールが怪訝な顔をして剣の切っ先を向ける。




「てめぇ、誰だよ?」


「や、やめて、私はただの治癒士だ」


「へぇ。レダと同じか……俺は治癒士が嫌いでよぉ。俺から治療費だといって随分と毟ってくれたじゃねえか。礼をしないとなぁ!」




 治療費で破産したジールにとって、治癒士というだけで攻撃対象だ。


 剣を向けられたネクセンは顔色を真っ青にした。




「やめっ、やめてくれぇ! 私がなにをしたというんだ! 治療を受けたのなら、金を払うのは当たり前だろ! 私たちも商売でやっているんだ!」


「剣を向けられて反論できるなんていい根性してやがる。だけどよぉ、その治療費が高すぎるんだろうが!」




 ジールの叫びはある意味、多くの人が思うことだった。


 治療費は高額だ。


 本来なら回復まで時間がかかる怪我を一瞬で治してしまうことはもちろん、死に至る傷さえ治すことができる希少な回復魔法。


 しかし、金がなければ相手にしてもらえない。




 助かりたい者、助けたい者は治癒士に縋る。


 だが、そんなことをしても金がなければ治してもらえない。


 酷い場合は、治したあとに無慈悲な請求をされることもあり、抱えきれない借金を背をわせられることもある。




 ネクセンの言うように、治癒士も慈善事業ではなく、商売だ。


 しかし、あからさまに金を取りすぎなのだ。


 この原因は、治癒士という希少性と、高額請求でも頼る人が多いことだ。


 なによりも、多くの治癒士が選民思想を抱いているということもある。




「治療費は私が決めたんじゃない! 昔から、同じような値段だったじゃないか! どうして私が剣を向けられて責められなければならないんだ! 理不尽ではないか!」


「黙れよ、クソ治癒士。てめぇみたいな金の亡者を見てると、イライラするんだよ!」




 完全にジールの注意はネクセンに移っていた。




(今がチャンスだ!)




 レダはこの隙を見逃さなかった。


 こちらに助けを求め見つめているミナに手を伸ばすと、床を蹴る。


 愛娘の髪を握るジールの手を払い、彼女の腕を掴んで引き寄せる。




(よしっ、取り返した!)




「そうはいかねぇよ」


「――あ」




 ミナを取り戻したと安堵した瞬間、レダの腹部にジールの剣が突き刺さった。




「おとうさんっ!」


「パパぁあああああああ!」




 娘たちの悲鳴が上がる。




「ったく、俺は冒険者をやっていたときよりも実戦を積んでんだ。注意が逸れたからって、てめぇひとり刺し殺すくらい目を瞑ってたってできるぜ」


「――は、ははは」


「何笑ってんだ、てめぇ。痛みで気が狂ったのか?」




 レダは笑った。


 なにも狂ったわけでも、痛みで正気を失ったわけではない。


 娘を失うかもしれないという恐怖に比べたら、腹を刺されたくらいどうってことなかった。




「これでもう剣は使えないだろ?」


「――っ、てめぇ! まさか!」




 レダはジールとの距離を一歩縮めた。


 腹部により剣が深く刺さる。


 剣を引き抜こうとしていたジールに手を伸ばして、彼の鎧をつかんだ。




「離しやがれ!」


「ごめんだね」






 そして、力の限りの頭突きを、彼の額に直撃させた。


 鮮血が舞う。




「がぁああっ、てめっ、よくもぉっ!」




 ジールの額がぱっくりと割れ、血がしたたり落ちる。


 彼はそのまま床に倒れ、憎悪を込めてレダを睨む。


 だが、血を流すのはレダも同様だ。




「おとうさん! おとうさん!」




 負傷したレダに涙を流して案ずる声をあげるミナに「大丈夫」と短く伝えると、彼女を同じく涙を浮かべているルナに渡す。


 頭突きを食らって手が離れたジールの剣をレダは掴み、一気に引き抜いた。




「――――っづぁああああああっ!」




 そして、血が吹き出る腹部に手を当てて、




「――回復」




 回復魔法をかけた。


 血は失ったものの、腹部の傷は消え、痛みも無くなった。


 続けて割れた額にも、




「――回復」




 回復魔法を施す。




「なんてふざけた回復魔法の使いかたをしているんだ」




 ネクセンが呆れた声を出して、レダの暴挙に唖然としていた。


 いくら治療ができるからとはいえ、自分から傷を深くする行為は異常だった。




「やってくれやがったなレダぁ! だからってまだ終わっちゃいねぇ! 仲間を呼んでなぶり殺しにしてやるよ!」




 そう吐き捨てたジールが、床から飛び起きると背を向けて逃げ出した。








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