48「レダ対ジール」①



「ジール! お前、なにをしているんだ!」




 予想していなかった展開だが、この状況を作り上げた元凶をレダが睨みつけた。




「俺の名前を気安く呼ぶんじゃねえよ!」




 怒声に対し怒声が返ってくる。


 だが、レダが怯むことなどない。


 むしろ逆であり、家族たちを痛めつけたジールを許せないと怒りが増した。




「聞いていたけど、本当に野盗堕ちしていたんだな。だけど、お前になにがあったかなんて知ったことじゃない。俺の大切な娘を離せ!」


「……おとうさん」


「ミナ待ってろ。すぐに助けてやるからな」




 囚われの身である娘は、レダの言葉に小さく頷いた。




「……パパ」


「ルナ、悪かった。もっと早く戻ってこれたらこんなことになってなかったのに」


「ううん、パパは悪くない! この男が、リッグスさんを刺して、ヒルデのことを痛めつけて!」




 ルナの台詞から、自分のいない間になにがあったのか大体察した。


 やはり許せることではない、というよりも、許すつもりはない。




「おい……てめぇ、今なんつった!? 俺のことなんてどうでもいいって言いやがったか!?」


「だったらなんだっていうんだ?」


「てめぇのせいで俺はこんなに落ちぶれたんだよっ! それを知らねえだと!?」


「一応、境遇には同情するよ。だけど、人のせいにするな! 王都で別れて以来、顔さえ合わせていなかった俺が、お前になにができるっていうのだ!」


「はっ、そうだったな。てめぇはなにも知らねえんだったな! てめぇのクビも、俺の落ちぶれも、全部レダ、テメェから始まったんだよ!」




 吐き捨てるようにジールは続ける。




「いいように利用してやろうと秘密にさせていた回復魔法のことが貴族にバレたんだよ。それだけなら構わなかったが、よりによって貴族はてめぇを高待遇で引き抜こうとしやがったんだ!」




 利用されていたことはもうわかっているが、王都の貴族が引き抜きを考えていたとは初耳だった。




「しかも、だ! 冒険者をやってるのがばからしくなるくらいの待遇で、だぞ!」


「まさか、たったそれだけの理由で俺をクビにしたのか?」


「そうだ。てめぇが王都にいたら引き抜かれちまう。そうしたら俺はてめぇがいい思いをするのを見せつけられるじゃねえか! だからパーティーから追い出したんだよ!」


「だけど、そんなことをしても意味が」


「もちろん、そのあと王都にいられないように追い込んでやるつもりだったが、てめぇの尻軽の恋人のおかげで勝手に王都から出て行きやがった! クソ笑えたぜ! だけどな、そのせいでこっちはポーション代と治療費で破滅だ!」




 実に勝手な言い分だった。


 聞いていたレダは、怒りを通り越し呆れさえしている。




「王都から追い出そうとしたくせに、いなくなれば俺のせいか……納得できないことを全部俺のせいにするな。目を覚ませジール!」


「うるせぇ!」


「今なら、ギルドと領主にとりなしてやるから、馬鹿なことをやめて投降しろ!」


「上から目線で言いやがってっ、この状況でよく言えるな、おいっ!」




 ミナを掴むジールの力が増してしまう。


 苦しそうにする娘にすまない、と内心謝罪する。


 今もレダは会話しながら、ミナを奪い返す隙を伺っているのだ。




「お前はミナになにもできない。なにかすれば、俺がお前を殺す。それだけは約束してやる」


「……お前が、俺を殺すだと。そんなはったりが」


「人質は生きていてこそ人質だ。もしミナを傷つけたら、俺は命に代えてもお前を殺してやる」




 レダは本気だった。


 ミナになにかあればジールを絶対に生かしておく気はない。


 どのような代償を支払おうと必ず殺すと決めていた。


 その本気が伝わったのか、ジールの動きが硬直する。




「仲間を連れてこなかったのが失敗だったな」


「俺にあんなクズどもの仲間なんていねぇんだよ!」




 プライドの高いジールは、野盗に堕ちたことを認められない。


 野盗たちを仲間と言われて、激昂しかけた男は感情に任せて剣を振ろうとした。




(――今だ!)




 武器さえ奪ってしまえばなんとかなる。


 ここには自分だけではなく、同じように攻撃する隙を伺っているルナもいる。


 いざ、レダがジールの懐に潜り込み娘を奪い返そうとした、その時だった。




「おい、ディクソン! なにをやっているんだ! この宿は安全なのか!?」




 宿の外で待たせていたはずのネクセンが、我慢できなかったようで中に入ってきてしまった。








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