47「最悪の再会」②




「ミナ! 貴様っ、何者だ!」




 ヒルデガルダが警戒しながら男を睨みつける。


 男は醜悪な笑みを浮かべ、口を歪めた。




「この町の支配者になる男とでも言っておこうか?」


「――つまり野盗どもの親玉か」


「義賊と言えよ。……って、おい、てめぇエルフか? おおっ、初めて見たぜ。決めた、てめぇは好事家の変態貴族に売り飛ばしてやるよ」


「下衆が……ミナを離せ」




 弓を構えるヒルデガルダが、射るはずなどない。


 万が一、ミナに当たってしまえば大惨事だ。


 男が盾にしない可能性だってゼロではないのだから。




「離すと思ってんならとんだ間抜けだな。こいつはレダの娘らしいじゃねえか。なら、人質として有効的に使わせてもらうぜ」


「あんたパパになんの恨みがあるっていうのよ!」


「恨みなら大有りだ! あの野郎、俺が散々世話をしてやったっていうのにひとりだけいい思いしやがって!」


「くだらん、僻みか」


「そうじゃねぇよ! 俺がこんな目に遭ってるっていうのに、あいつはこの街で英雄扱いらしいじゃねえか!」




 顔を歪めて唾を飛ばす男に、ヒルデガルダたちはこの野盗の正体に気付きつつあった。




「なるほど、貴様はレダのかつての仲間か」


「仲間だぁ!? ふざけんな、あいつは俺のパーティーの雑用係として入れてやってたんだ! 仲間じゃねえ!」




 男――冒険者パーティー『漆黒の狼』元リーダージールは、怒りの形相で少女たちを睨みつけた。




「あのクソ役立たずを何年も世話してやったんだぞ! 恩人だって言っても過言じゃねえ! それなのに、あの野郎!」


「その恩人がレダになんのようだ。娘まで乱暴にして何がしたいんだ?」




 少女たちとジールの間に、リッグスが入った。


 感情的になりやすい少女たちを落ち着かせるためであり、いくら彼女たちが強くてもレダがいない以上自分が守ろうと考えたのだ。




「おっさんには関係ねえんだけどな、ま、いいさ。暇つぶしに教えてやる。俺はあいつを絶望させたいんだよ」


「ふざけた男だな」


「はっ、なんとでも言えや。とりあえず、あいつの目の前で娘でも殺せば、死ぬほど絶望してくれるんだろうな」


「――ひっ」


「いちいちビビってんじゃねえよっ、うぜぇな!」




 殺す、という単語に怯えたミナの反応に苛立つジールが少女を殴ろうとして腕を上げた。




「やめろ、相手は子供だぞ!」


「うっせぇドワーフだな。さっきから、てめぇもレダの知り合いみたいだが、それ以上に親しげな感じじゃねえか。じゃあ、てめぇも俺の敵だ。とりあえず死んどけ」




 ジールはなんの躊躇いもなく剣をリッグスの腹に突き立てた。




「うぐっ、あっ……くそっ」




 腹から血を流し、その場に膝をついてしまうリッグス。




「いやぁああああああっっ、パパぁあああああああっ!」




 メイリンの悲鳴が悲鳴をあげて、父親のもとに駆けつけるも、彼は力なく床へ倒れてしまう。




「おじさん!」


「てめぇも黙れ!」




 ミナがジールの腕の中から悲痛な声をあげるも、髪を強く引っ張られてしまい強制的に黙らされてしまう。




「ったく、ガキっていうのはうるさくてうぜぇ。よくもまあ、三人のガキの面倒を見てるな。そこだけはレダを尊敬するぜ。あ、いや、そういう趣味なのか? ははははっ、だったら飛んだ変態野郎だな!」




 勝手な想像でレダを小馬鹿にするジールに、我慢ができない者がいた。


 ルナだ。




「パパを馬鹿にするな! パパがどんな思いであたしたちを受け入れてくれたと思ってんのよ!」




 最愛の男性を馬鹿にされてルナが黙っていられるはずもない。


 それでなくとも妹を人質に取られて、ストレスが溜まっているのだ。


 これ以上のジールの暴挙は許せそうもなかった。


 が、




「おっと、あまり反抗的な態度は感心しねえな。まぁ、止めはしねえよ。ただし、レダが来る前にこのガキが死ぬことになるだけだが?」




 ジールの腕の中に妹が囚われている以上、ルナには何もできなかった。




「落ち着け、ルナ。落ち着くんだ」


「こんな状況で落ち着けるわけないでしょ!」


「感情的になればミナに何をされるかわからない。この手の輩は相手にしないのが一番だ」


「おいおい、言ってくれるじゃねえか。てめぇは逆に落ち着きすぎてムカつくな」


「……こう見えても三百年は生きている。お前のような子供の癇癪程度では動揺したりしない」


「ほう、言ってくれるじゃねえか。じゃあ、年長者を敬ってしばらく遊んでやるよ」


「遊び、だと?」


「ゲームは簡単だ。抵抗したら、このガキを殺す。てめぇはただ俺に蹴られるだけ。楽しそうだろ?」




 つまり、人質を取られたヒルデガルダは無抵抗に蹴られ続けるだけというものだ。




「その程度のことでお前が楽しめるというのなら、存分にやればいい」


「――っち。いちいち、反応がおもしろくねえガキだな。まあいいさ、俺はレダが来るまでストレス発散させてもらうぜ!」




 ジールはそのままヒルデガルダの腹部を蹴り上げた。


 無抵抗だった少女はそのまま床に倒れ、大きく咳き込む。


 そんな姿を見て野盗に堕ちた冒険者は楽しそうに表情を歪めた。




「ゲームスタートだ!」




 ミナが人質になり、リッグスが刺されてしまった今、周囲の人間は見てることしかできない。


 とくにルナは、怒りと悔しさから、唇を噛み切ってしまうほどだった。


 ヒルデガルダは、レダが現れるまでずっと蹴られ続けられることになるのだった。








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