46「最悪の再会」①
治癒士を同行者にようやく宿屋にたどり着いたレダだったが、入り口に施錠がされていないことに気づき、訝しげな表情を浮かべた。
「お、おい、ディクソン、……大丈夫なのか?」
「静かにしていてくれ」
「わ、わかった」
ネクセンが口を閉じたのを確認すると、彼に待っているよう促し、息を殺してそっと宿の中に入る。
刹那、わずかに血の匂いがした。
「――っ」
娘たちの名前を叫びたい衝動に駆られるが、必死に我慢する。
受付を抜け、人の気配がある食堂のほうへ足を進める。
すると、探し人たちはすぐに見つかった。
「ミナ! ルナ! ヒルデ! リッグスさん! メイリン!」
そこには血を流して倒れているリッグスと、彼に縋り、泣いているメイリン。
同じく床に倒れるヒルデガルダと、ナイフを構えながら怒りの形相を浮かべているルナ。
そして、かつてレダが所属していた『漆黒の狼』のリーダージールに髪を掴まれて、涙を浮かべているミナの姿だった。
「よぉ、レダ、待っていたぜぇ!」
※
時間は少し遡る。
ミナたち三人は、道中野盗に遭遇しながらも無事に宿屋にたどり着いた。
襲ってくる野盗を、ヒルデガルダが膝を射抜き、ルナが切り捨ててくれたおかげで怪我らしい怪我はない。
せいぜいミナの息が切れている程度だ。
「リッグスおじさん! メイリンちゃん!」
「おう! 嬢ちゃんたちか! 三人とも無事でなによりだ!」
「ミナちゃーんっ、よかったぁああああああ!」
飛びついてくるメイリンを受け止め、ミナは笑顔を浮かべる。
ルナとヒルデガルダも、顔見知りの客たちが無事なことに安堵の息を吐いた。
「外に出ていた客から聞いたぞ。野盗どもが攻めてきたらしいな」
「うん。だいじょうぶ、かな?」
「そんな深刻になることはねえよ。規模こそ今回のほうがでかいが、別に初めてってわけじゃねえ」
「ていうか、野盗に狙われる町って最悪よね」
「ま、発展途上の町だ。他の町からも離れているしな。狙いやすいんだろう」
アムルスは、辺境のど田舎で国境にある。
盗賊たちにとって、狙いやすい場所なのだろう。
無論、領主たちも馬鹿ではないため、その分、自警団をちゃんと配備しているのだ。
「建物の奥に小さいが倉庫がある。幸い備蓄も少しだがあるから、そこで籠城するぞ」
「でもパパが!」
「レダなら心配するな。ギルドが怪我人を治療するために力を借りたがるはずだ。ことが終結するまで戻ってこれない可能性だってある」
「――じゃああたしもパパのところへ」
「待て、ルナ」
愛しい人を案じてルナが駆け出そうとするのを、ヒルデガルダが止めた。
「邪魔しないでよっ!」
「気持ちはわかるが、このままお前を行かせることはできない」
「どうして! もしかしたらパパが襲われてるかもしれないでしょ! あたしなら、あの程度の野盗たちなんか!」
「ルナが強いことは一緒に戦ったのでわかっている」
「だったら!」
「しかし、万が一のことがあれば他ならぬレダが悲しむのだぞ!」
「……う」
ヒルデガルダの言葉にルナの昂ぶっていた感情が冷静さを取り戻していく。
確かにルナは強い。それこそ、レダよりも戦闘能力はある。
だからといって、大勢の野盗を相手に無事でいられる保証はない。
なによりもルナになにかあればレダだけではない、ミナもヒルデガルダだって悲しむのだ。
「……わかった、わかりましたー! ここでじっとしていればいいんでしょ!」
「レダならきっと大丈夫だ。信じるのも妻の役目だ」
「言われなくてもわかってるんですけど! ていうか、あたしが奥さんだし!」
いつものルナの調子を取り戻したことにヒルデガルダは安心した。
自分もだが、レダのことになると冷静さを欠いてしまうところがある。
そういう意味では、泣いているメイリンを優しくあやすミナが一番大人なのかもしれない。
「さ、納得できたら嬢ちゃんたちも倉庫へ」
リッグスが促すと、涙を拭いながらメイリンがミナと手を繋いで倉庫へ向かう。
ルナとヒルデガルダもあとに続こうとした。
そのときだった。
「なんだぁ、レダの野郎はいねーのかよ」
「――ひっ」
一緒に奥の倉庫へ移動していた客たちの中から、腕が伸びてミナの柔らかい髪を無遠慮に掴んだ。
「きゃぁ!」
「ミナ!?」
「ミナちゃん!」
繋いでいたメイリンの手が離れ、ミナは鎧を着込んだ男の腕の中に囚われてしまった。
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