43「野盗たちの襲撃」①





 ディクソン姉妹はヒルデガルダと三人でリッグスに頼まれて買い物中だった。


 ミナはルナとヒルデガルダと手を繋いで楽しそうに歩いている。


 一方、ルナは不満顔だ。




「どうしてパパと離れ離れにならなきゃいけないのよぉ」




 いつもはレダにくっついているルナとしては、今日のような別行動は嫌なのだ。


 ミナもどちらかといえばレダと一緒にいたいと思っているのだが、父の友人であり、友達のお父さんから頼まれてしまえば断れるわけもない。


 むしろ、頼りにしてもらえることが嬉しかった。


 最愛の父にも「よろしく頼むね」と頭を撫でてもらっているのでやる気も十分だ。




「はやくリッグスさんに頼まれたお買い物しちゃお?」


「うむ。そうだな。レダもそろそろ帰ってくる頃だ。おいしい食事を用意して労うのが妻としての役目だ」


「それは奥さんのあたしの役目なんですけどぉ」


「むすめの役目でもあるよ!」




 それぞれがレダのお世話をしたくて仕方がない様子だった。


 出会った当初から口喧嘩ばかりしているルナとヒルデガルダだったが、意外と相性がいいのか、口ではいろいろぶつかっているが、行動を一緒にしている。


 ミナはそんなふたりが仲良くしているのを見て嬉しそうだ。


 三人の関係は良好だった。




「――よう、お嬢ちゃん。ずいぶん、かわいらしいじゃねえか、おじさんといいところにいこうぜ」


「ひひひ、兄貴、さらう前にいろいろ身体検査しねぇと。最近の子供は物騒ですから」


「てめぇも好きだなぁ。まあ、好きにしやがれ、ただし、あくまでも売り物だからな。丁重にあつかえよ」


「ひひっ、わかってますってっ」




 買い物中だった三人の前に現れたのは、小汚い野盗風の男ふたり組だった。




「なによあんたら」




 妹を守るようにルナが一歩前に出る。


 男たちの身なりは決して良いものではなかった。


 汚れた衣服、血のついた鎧、錆びた剣、そして清潔感がまるでなく異臭までする。




「おじさんたち臭いから近づかないでくれますぅ。これから愛しのパパと会うんだから、変な匂いがついたら困るですけどぉ」


「言っておくが、私たちに触れようと思うなら、その腕がなくなることを覚悟しておくといい」




 ヒルデガルダも、ルナ同様に眼前の男たちに敵意を放ちながら、ミナを背後にかばう。




「おうおう、威勢のいい嬢ちゃんじゃねえか」


「あ、兄貴、俺はこの小生意気な褐色の女がいいな!」




 男たちにルナたちの言葉は届いていない。


 すでに自分たちが勝者であり、少女たちを自由にできると信じて疑っていなかった。


 ゆえに油断して、手を伸ばす。




「だから、近づかないでって言ったじゃない。きもっ」


「小汚い手で私に触れるな」




 弟分と思われる男の伸びた腕を、ルナが隠し持っていたナイフで一閃して斬り落とす。


 もうひとりの男の顔面に、ヒルデガルダの踵がめり込み骨の砕ける音がした。




「ぎゃぁあああああぁああああっっ、俺のっ、俺の腕がぁああああああああっっ」




 ひとりは一瞬で気絶し、もうひとりは血を撒き散らしてのたうち回る。


 暴漢に対する慈悲は、少女たちに一切なかった。




「町中で人さらいとかばっかじゃないの。ていうか、うるさいんだけど!」




 ルナは不機嫌に地面を転がり続ける男の顔面に、強烈な蹴りを入れて意識を刈り取った。




「うわぁ、おねえちゃん容赦ないね。おじさん、だいじょぶ?」




 ミナが声をかけてみるも、無論返事はない。




「ミナ、不用意に近づかないほうがいい。悪い病気を持っているかもしれん。おっと、ルナ。どうやらただの人さらいではなさそうだぞ」


「なにがよ。……うぇっ」




 ヒルデガルダの促され、町の出入り口のひとつである南門に目を向けると、武装した集団が武器を振り回して町の中へと入ってくる。




「このおっさんたち野盗だったの!? あたしの美貌に我慢できなくなってトチ狂った変質者だと思ってたのに!」


「君も大概だな。それにしても野盗か。ちっ、よりによって武器を持っていないこんなときに」


「ていうか、あいつら、今冒険者の人たちが被害者を探してるタイミングで町を襲いにくるとかいい根性してるわよね」


「まったくだ。ルナ、武器は?」


「あたしは常にナイフを数本携帯してるけど、数が多いわね。はい、二本だけど貸してあげる。使えるでしょ?」


「感謝する」




 徒手空拳でもそれなりに強いヒルデガルダだが、武器を持っていたほうが安心できるためルナからナイフを受け取った。


 なによりも、非戦闘員のミナを守るには武器が必要だった。


 ルナも同じように思ったのか、ナイフを取り出し構えている。




 野盗たちはパッと見ただけでも五十人ほどいる。


 町を落とすには少ないが、住人たちの脅威になるには十分過ぎた。


 すでに住民たちが異変に気付き、悲鳴をあげて逃げ惑っている。


 野盗に捕まっている人までいる始末だ。




「数が多いわねぇ。害虫かしら?」


「同感だ。しかし、まずいな。いずれ私たちも捕まるかもしれん」


「パパ以外があたしとミナに触れようなら殺してやるんだから」


「私だってレダ以外はごめんだ。ちょっと待っていろ」




 ヒルデガルダは、近くにあった道具屋の中に忍び込み、しばらくしてから弓と矢筒を持って戻ってきた。




「数が数だ、ナイフだけでは心もとない。なにより、やはり私には弓だ」


「……メイリンちゃん、だいじょうぶかな?」


「ミナ……そうね、宿は冒険者も泊まっているから大丈夫だと思うけど、パパもこの事態に気付いて宿に戻ってくるはずよね」


「ならば、下手に暴れるよりも宿に戻り部屋を施錠して守りに徹したほうがいいだろうな」




 ルナとヒルデガルダなら、野盗数人ぐらい相手にできる。


 しかし、戦えないミナがいて、敵の人数も多いので万が一ということもある。


 そして、同じくらいレダの身も心配だ。


 彼も冒険者の端くれだ。戦えることは知っているが、それでも愛しい男性のことを少女たちは案じずにはいられなかった。




「まずはレダと合流だ」




 ヒルデガルダは、野盗と戦うことを最低限にして宿に戻ることを決めた。


 この町にはまだ冒険者と自警団がいる。彼らに任せればいい。




「うん!」


「賛成ぇ」




 反対意見が出なかったことに安堵したヒルデガルダは、少女たちと頷き合うと、宿に向かって走り出したのだった。








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