42「弟子入り?」②
「一応言っておくけど、俺は患者を独り占めしたいとかそういうのはないから」
「そうなの?」
「そうだ。ついでに言っておくと、どうして患者さんたちが君のところにいかないのかも想像できる」
「……知っているなら教えてほしい」
ユーリの態度を見るに、治療代は高いかもしれないが治癒士だからという理由で横柄な態度をとるような子ではないと考えた。
ならば患者がこない理由を教えて改善できるなら、と思う。
「俺の治療費が安くて、君の治療費が高いからだ」
「え? それだけ?」
「そればっかりじゃないけど、理由としては大きいと思うよ。同じ治癒士なら安いほうに普通はいくだろ」
あまり感情が表情に出ないユーリではあったが、意外だったらしく驚いた顔をした。
「……そういうものなんだ。わかった。じゃあ、僕も今日から治療費を下げるよ」
「え? ちょ」
「よかったら、君がどれくらいの治療費で患者を診ているのか教えてもらってもいいかな? あ、でも、君の弟子として診療所を手伝ったほうが、冒険者ギルドの絡みもあって患者が多いかな?」
「待て待て待て。俺は弟子を取るつもりなんてない! そもそも治癒士をはじめて日が浅いのに、弟子なんてとってどうするんだ。自分のことで精一杯だよ!」
ユーリの中で弟子入りは決定事項なのか、どんどん話が勝手に進んでいくため慌ててレダは待ったをかける。
一瞬、不満そうな顔をした少女は、
「じゃあ、従業員でいいよ」
いいことを思いついたとばかりにそんなことを言い出した。
レダは再び頭が痛くなった。
「だーかーらー、君を雇えるかどうかだって俺の一存じゃ決められないし、仮に雇ったら雇ったで回復ギルドとの火種になるから、無理。無理無理」
「それじゃあ、僕はどうすればいいのかな?」
「知らないよ!」
「……わかった。冒険者ギルドに診療所で雇ってくれるように直接頼んでくる」
そう言うと、踵を返してギルドのある方角へ歩き始めてしまう。
「えぇー……行動力あり過ぎでしょ。でも、なんだか、話に聞いていた治癒士とは印象が違ったな」
このままひとりでユーリを冒険者ギルドに行かせていいものかと悩む。
決して良好とはいえない関係の治癒士がいきなり現れたらどうなるだろうか。
治癒士をよく思わない冒険者もいるだろう。
レダの知るこの町の冒険者はみんな気のいい人たちばかりだが、全員を知っているわけではない。
まだ年若い少女になにかするとは思えないが、このまま放っておくのもどうかと考えてしまう。
「きっとミレットさんもいきなりあの子が現れて診療所で働きたいって言っても困るだろうし。ちょっとマイペースな子だから事情を説明するためにも、俺もついていくかな」
内心、面倒な子と関わっちゃったかなと思ったりもしているが、治療費をあっさり下げようとしたことからユーリ自身は話に聞いていたがめつい治癒士とは違うと思いたい。
「おーい、待ちなよ。俺もついてくよ」
「僕を冒険者ギルドに推薦してくれるの?」
「それはできないけど、向こうでトラブルになっても困るからついてくだけついていくよ」
「うん、ありがとう」
嬉しそうに微笑む少女に、レダもつられて笑う。
この町で最初に出会った治癒士といい関係が築ければいい。
そうすれば、もっと患者たちが治癒士にかかりやすい環境を作れるかもしれない。
レダたちは冒険者ギルドに向かって歩き出す。
その時だった。
「きゃぁあああああああああああっ!」
街中から、誰かの悲鳴が聞こえた。
※
野盗「黒の狼」たちを率いる青年――ジールは、アムルスの町を前にして歪んだ笑みを浮かべていた。
「リーダー、合流した奴らはすでに町を囲んでいます」
「侵入しろと伝えろ。抵抗する人間は殺せ、物資と、商品になりそうな女子供を攫ったらすぐに撤収だ。領主には手を出すなよ。貴族を怒らせたら面倒だ」
「承知しました」
控えていた男が伝令を伝えるため走っていく。
ジールが仲間たちにリーダーと自分のことを呼ばせているのは、野盗に落ちたことを認めたくないからである。
自らを義賊と名乗り、「黒の狼」などという野盗には分不相応な名乗りまでするのは、冒険者だった自分を忘れられないからだ。
「リーダーはどうしますか?」
「俺はやるべきことがあるから単独行動だ。いいな」
「へい。どうせ好き勝手に暴れて、奪うくらいしかしませんので、リーダーがいなくてもちゃんとやってみせます」
「期待してるぞ。最近は、獲物の質が落ちたと文句を言われるからな」
「ところでやるべきこととは?」
「ああ――俺の人生をぶち壊した奴が、ずいぶんと幸せな生活をしているらしいんだよ。許せないよなぁ」
ジールの目的は、アムルスで生活しているレダたち家族だ。
彼らの幸せをぶち壊し、踏みにじろうとしていた。
略奪は別の町でも構わなかった。
ローデンヴァルト辺境伯の領地には、いくつかの町がある。
わざわざ発展途中の、それも領主が暮らす町を襲う必要はない。
つまりジールの目的はレダだった。
略奪は二の次なのだ。
「レダぁ、てめぇだけ幸せになれると思ったら大間違いだぜぇ。俺をこんな人生にした責任を取らせてやる」
かつてのパーティーメンバーはもういない。
剣士の男は略奪中に反撃されて命を落としてしまった。
女性メンバーは、野盗落ちしたジールを見限って消えた。
どこで何をしているのかさえ知らない。
新人は、レダをクビにしたことに腹を立ててやめてしまった。
ジールがたったひとりで冒険者崩れの惨めな連中を率いているのも、すべてレダのせいだと思っている。
レダがもっと自分に従順であれば、このようなことにはならなかったと信じて疑っていない。
「てめぇの家族も、知り合いも、新しい町も、すべてぐちゃぐちゃにしてやる」
身勝手な怒りを抱くジールを止めることのできる人間は、誰ひとりとしていなかった。
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