40「囚われのアマンダ」



 アマンダ・ロウは野盗たちに囚われていた。




(どうして助けが来ないの……なんて無能なギルドなのかしらっ)




 内心、悪態をついていなければ心が折れてどうにかなってしまいそうだった。


 野盗たちに囚われてから数時間が経ち、すっかり日は落ちていた。


 囚われの身にあるのはアマンダだけではない。


 同じ馬車に乗っていた乗客たちも同じく、囚われている。


 他にも別の場所から攫われてきた人間が、複数いるのも聞こえてくる声から確認できた。




 アマンダたちがいるのは、廃村の名残だ。


 ボロ同然の建物の中に、ご丁寧に鉄格子がはめられている。


 彼女は、不幸中の幸いなのか、檻に入れられる程度で済んでいるが、手枷をはめられて何処かに連れていかれる人たちもいた。




 盗賊たちは人身売買を生業としているようで、男は労働力として、女は欲を満たす道具として売られるようだった。


 廃村に連れてこられた当初、商品にならないと判断された人たちが殺され山積みになっている姿を見てしまっている。


 そのため、反抗する気など微塵もなかった。




 とくにアマンダは女性だ。


 不興を買って、今より酷い目に遭うことだけは避けたかった。


 今も、彼女の耳には女性の悲痛な悲鳴が聞こえてきている。


 野盗たちの欲を満たすために、慰み者にされている女性の叫びだ。




 まさにここは地獄だった。




「おい、女」


「――ひっ」




 廃墟同然の建物の中にひとりの男が入ってきた。


 彼の手には松明が握られている。


 うっすらと見える様子から、欲望を満たそうとして近づいてきたのではないとわかりホッとする。




 アマンダは身体中が泥まみれだ。


 このような女に好き好んで手を出そうとする者はいない。


 だからといって、風呂のような設備はここにはない。


 今だけは、忌々しいアムルスの住人たちに感謝していた。




「こっちをしっかり見ろ。てめぇには聞きたいことがある」




 男の髪は茶色く、長身だった。


 汚れた鎧を着込んだ姿は、野盗というよりも剣士に近い。


 おそらく冒険者崩れだろうとアマンダは推測した。




「な、なにを」


「てめぇ、アムルスから来たんだってな。あの町の詳細を教えてもらおうか」


「まさかあの町を?」


「今の俺たちに物資が足りてなくてな。小さい町を襲ってもいいんだが、それじゃ足りねぇんだ。なんせ五十人もいやがるからな。そこでアムルスだ」




 愚かな男だと口には出さずに馬鹿にする。


 たった五十人でアムルスを好き勝手できるはずがない。


 冒険者ギルドがあり、冒険者が新規開拓の拠点にしているためその数は多い。




「……たったそれだけの数であの町を襲うのですか?」


「ま、そこは他の義賊たちと手を組むことになるだろうさ。百五十は集まると見ている。なに、何人死のうと構いやしねえ。俺が生き残っていればいんだよ」




 アマンダはわずかに期待する。




(あの町の冒険者たちなら、野盗が百人を超えても倒してくれるかもしれない。そうすれば、私だって助かるかもしれないわ)




「それによぉ、あの町には知り合いもいてなぁ。てめぇは知ってるか? レダ・ディクソンの名前をよ」


「――っ、レダ・ディクソンですって!?」


「ほう、知り合いかよ」




 しまった、と思った時にはもう遅かった。


 雰囲気を変えた男が檻を開けて中に入ってくる。


 そして、アマンダの髪をつかんだ。




「痛いっ、やめてくださいっ」


「あの野郎のせいで俺の人生はクソッタレになっちまった。だというのに、あの野郎……あの町で英雄みたいにもてはやされているみたいじゃねえか!」


「……まさか、そんな理由であの町を?」


「そんな理由だと!?」




 刹那、アマンダは地面に顔を叩きつけられた。


 鈍い痛みが走り、鼻から血が吹き出したのがわかった。


 痛みにうめき倒れた彼女の腹を、男は怒りに任せて蹴り上げる。




「げほっ、がっ、おほっ、がっ」




 繰り返し、繰り返し、男の呼吸が乱れ、飽きるまで蹴り続けられた。




「はぁっ、はぁっ、っと、いけねぇ。てめぇも大事な商品だったな。それにしても、レダを知ってるとは世の中狭いじゃねえか」




 懐から小さな酒瓶を取り出して中身を呷る。




「あの野郎を散々世話してやった俺がこんなに落ちぶれて、あいつは順風満帆かよ。クソッタレ! なんのためにアイツを追い出したと思っていやがるんだ! あの野郎が無様な姿を晒すのが見たかったからなのによぉっ、なんで俺がこんな目に遭ってんだよ!」




 そしてまたアマンダは蹴り上げられた。


 結局、男の苛立ちが消えることがなく、アマンダは苦痛を味わい続けることになる。


 どれだけの時間、嬲られたのかわからない。


 もう余計な言葉を吐く気力も残っていなかった。




「あー、すっきりしたぜ。そういえば、てめぇは回復ギルドの職員らしいじゃねえか。お前らに恨みを持つ人間は多いからな。高く買ってくれるんだろうなぁ」




 動く気力さえ湧かないはずのアマンダの体が、男の言葉でピクリと反応した。




「考えてみろよ。てめぇに恨みを持つ人間が、てめぇのことを買ったらなにをするんだろうな。犯すか? それとも苦しめるだけ苦しめてから殺すのか?」




 アマンダは想像してゾッとした。


 回復ギルドが恨まれているのは知っている。


 だが、それを気にしたことはない。


 しかし、彼の言葉通り、ギルドを恨む人間に売られたら、何をされるのか本当にわからない。




「助けて、ください」




 体の痛みを無視して男の足を掴み縋る。


 だが、彼の言葉は非情だった。




「ダメだ。だが、まぁ、俺も鬼じゃねえ。てめぇが役に立つのなら考えてやってもいい。まず、アムルスの情報だ。言っておくが、他にとっ捕まえた奴らにも情報を吐くように言っているんだぜ。わかるか? 誰が最初に貴重な情報を吐くかで、これからが決まるんだ」


「は、い」


「いい子だ。じゃあ、さっそく教えてくれ。てめぇの知っていることを全てだ」




 アマンダは自分が助かりたい一心で、自分の知るアムルスの情報をすべて話すのだった。








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