39「レダとヒルデガルダ」②




「私がいなくて寂しかったか?」

「そうだね。寂しかったかもしれないね」

「むう。はっきりしないな。私は寂しかったぞ。やはり妻と夫は離れるべきではないな。うん。クラウスを見習って家族みんなでいるべきだ」

「家族みんなでっていうのは同感だけど、俺たち夫婦じゃないからね」

「ほう……私が愛の告白をしたのだから、受け入れてくれたと思っていたぞ。まさかとは思うが、私がいぬ間に他の女を作ったわけではあるまいな」


 他の女――なぜか一瞬、ヴァレリー・ローデンヴァルトを脳裏に浮かべてしまう。

 レダも鈍感ではない。彼女が好意を抱いてくれているのは言動からわかっていた。


「む……まさかとは思うが、本当に女ができたのではあるまいな?」

「はははは、まさか。そんなわけないだろ」

「怪しい」

「だから違うって。俺はいまのままでいいんだ。ミナがいてルナがいる。家族だ」

「そこに私も入れて欲しいのだが……ま、まさか娘にならないとお前の家族になれないという厳格なルールでもあるのか?」

「そんなわけないでしょうが。別に、家族ってそういうのじゃないでしょう。なんて言うんだろう、気がついたらもう家族だったって思えたら家族なんじゃないかな」


 レダにとって、ミナとルナは一番の家族だ。

 同時に、この町で知り合った人たちも、仲間であり家族であると思っている。

 ヒルデガルダだって、死線をともにくぐり抜けた大事な家族だ。


「曖昧だな」

「そうだね」

「私も家族になってやろう。いずれは妻になるが、今はそうだな……ミナとルナのお姉ちゃんあたりで我慢しておいてやろう」


 からかうような口調のヒルデガルダに、レダは参ったと降参する。


「別にもうとっくにヒルデも俺の家族だよ」

「――っ、嬉しいことを言ってくれるな。衝動に任せて襲いたくなるではないかっ」

「それはやめて」

「まあ、しばらくはこの心地好さそうな家族を堪能させてもらおう。しかし、覚悟しておくといい」

「覚悟?」

「隙あらばお前をものにしてやるからな」

「……あらやだ男らしい、いや、女らしい」

「ふふふ、里一番の肉食エルフに惚れられたということを思い知らせてやろう。覚悟しておけ」


 明確な好意を示してくれているというのに、はっきりできない自分をレダは恨めしく思ってしまう。

 こうも情けない男だとは思わなかったと、内心自分に落胆していた。

 そんなレダの心情を見抜いたのか、彼の胸を撫でながらヒルデガルドが囁く。


「レダよ。お前の家族は素晴らしいものだ。いずれ変化は訪れるかもしれないが、今はこのままでいいと思うぞ」

「……ヒルデ」

「家族にはその家族のペースがある。もちろんそれは、男女の関係でも同様だ。ゆっくりやっていけばいいのだ」

「ありがとう、ヒルデ」

「ふふふ、気にするな。夫を支えるのは妻の役目だから」

「あ、結局そこに落ち着くんだ?」


 ヒルデガルドのおかげで少し心が楽になった。

 いずれ慕ってくれる女性たちに答えを出さなければならない日も来るだろう。

 だが、そのときまでは、この心地いい関係を続けさせて欲しいと願うレダだった。

 そして翌朝。


「どうしてあたしがベッドから蹴り落とされて、あんたがパパに抱きついて寝てるのよぉ!?」

「それはすまない。私は寝癖が悪いらしい。だが、些細なことだ」

「あのねぇ、こっちはパパの温もりを感じながら目覚めることができなくて最低だったんですけど!」

「こんなことは言いたくないが、ベッドから落ちても眠り続けていたルナにも問題があるのではないか?」

「うぐぅ、あたしは一度寝たら簡単に起きないのよ。あたしを起こしたかったら殺気のひとつでも向けてみなさいよ」

「ふふふ、いいことを聞いたぞ。つまり、眠りさえしてしまえば、私がレダとなにをしようとルナは感知できないのだな」

「あんた……なにする気よ?」

「きっと今夜は楽しい夜になるだろう。なあ、レダ」

「いや、こっちにふらないで。ルナも睨まないで。ほら、まだミナが寝てるから静かにして。というか、君たち寝起きなのに元気いいね!」


 ベッドから蹴り落とされたルナと、蹴り落としたヒルデガルドの喧嘩で目覚めたレダは、夜間に急患が来なかったことに気づいた。

 野盗に襲われて全員が無傷だったということはありえない。


(つまり――まだ被害者が見つかっていないってことか)


 被害者の無事を願いながら、今にも取っ組み合いに発展しそうな少女ふたりを止めるべくレダはベッドから起き上がるのだった。




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