38「レダとヒルデガルダ」①
夜にも関わらずギルドでまだ仕事中だったミレットに、レダはヒルデガルダが目撃したものを伝えた。
野盗の可能性が高いことは、説明の最中にミレットも推測したようだ。
彼女は冒険者たちを招集し、被害者の捜索に乗り出してくれた。
残念なことに、レダにはできることはない。
連携が取れている町の冒険者たちに加わっても、足を引っ張る可能性があったことから、宿屋に待機となった。
レダの出番は怪我人が見つかってからだ。無論、出番がないことが望ましい。
時間を問わず治療することを約束して、レダたちは宿に戻ってきた。
宿では、明日の仕込みをしていたリッグスに、野盗の話と、もしかすると患者が運ばれてくることを伝える。
彼は嫌な顔ひとつすることなく受け入れてくれた。
部屋に戻ったレダたちは、出番があるまで体を休めようということになった。
いつも通り、家族で大きめのベッドに入る。
「ふむ。四人で眠るには少々狭いな」
「……うん、どうしてヒルデが一緒のベッドにいるんだろうね」
レダの疑問の通り、ヒルデガルダはさも当たり前だとばかりに下着の上にレダのシャツを羽織っただけという姿でベッドの中にいた。
無論、それが気に入らないという少女はひとりいる。
ルナだ。
「ちょっとぉ、あたしたち家族のベッドに入ってこないでくれますぅ?」
が、ヒルデガルダも負けていない。
「つれないことを言うなルナよ。私はレダの妻、つまりお前たちのママなのだぞ? 家族ではないか?」
「ふ、ふふふ、へぇ、まだそんなこと言うんだ。やる? やっちゃおうかしら?」
むくり、とベッドから起き上がり、剣呑な光を瞳に宿したルナだったが、
「はいはい、もうそれでいいから、寝よう。ほら」
レダが彼女の手を掴んでベッドの中に戻す。
「もうパパったら強引なんだから。そんなところも素敵だけどぉ」
レダの腕の中に潜り込んで、顔を埋めて匂いを嗅ぎながらルナが艶のある声を出す。
「もしかしたら急患が来るかもしれないし、眠れるときに眠っておこう。ね」
「はぁい」
「うむ。そうしよう」
返事のないミナはすでに夢の中だ。
寝つきのいい彼女は、レダの腕に抱きついたまま静かな寝息を立てている。
「じゃあ、おやすみ」
「はぁい、おやすみなさぁい」
「良い夜を」
ルナたちは意外と素直に言うことを聞いてくれた。
が、ルナは腕の中で体を埋め、体にしがみついている。
ヒルデガルダに至っては、レダの体の上に乗りかかってしまった。
(とても寝辛いんですけど)
一言苦情を申し立てようとするも、すでに全員寝息を立てていた。
(寝るの早すぎ!)
疲れていたのか、それともレダに有無を言わせないためか。
どちらにせよ、レダは少女三人に抱きつかれたまま眠らなければならなかった。
(うん、眠れない。なんていうか、甘い匂いが、女の子特有の甘い匂いが……)
普段からミナとルナとは一緒に寝ているし、彼女たちがくっついてくることもしょっちゅうだ。
だが、今日はさらにヒルデガルダがいる。
彼女はレダに体を完全に預けている形になっていて、匂いはもちろん、体温までがしっかりと伝わってくるのだ。
今、レダが感じている感覚を言葉にするには難しいが、非常によろしくない。
なにもやましいことなどないが、ベッドを抜け出そうとするレダだったが、少女たちにがっちりホールドされているため動くことさえ難しい。
「はぁ。眠れるかな」
「なんだ? 眠れないのか?」
「うわっ、ヒルデ……起きてたんだ?」
眠っていたはずのヒルデガルダに声をかけられ、驚いてしまう。
彼女はそんなレダの同様にくすくす笑う。
「お前と少し話をしたくてな。この子たちを警戒させないよう寝たふりをしていたのだ」
「じゃあ、一度離れてくれない?」
「それは断る」
「……えぇぇ」
訴えを一蹴されてしまい肩を落とすレダ。
「まさかと思うが重いなどと言うつもりはないだろうな?」
「それはないよ。軽いけど、その体勢的にいろいろ、ね? だからどいてください」
「断る。ようやくレダと再会できたのだから、こうやって体温と匂いを堪能しているところなのだぞ」
レダは急に心配になった。
体温はさておき、匂いを嗅がれるのは恥ずかしいものがある。
(加齢臭がするとか言われたらさすがにショックなんだけど……大丈夫だよね?)
「ふむ、レダらしいいい匂いだ。ずっと嗅いでいたいぞ」
「そ、それは光栄です」
「これもこれでいいが、私は少しお前と話がしたい。駄目か?」
「本当は寝て欲しかったんだけど、久しぶりだしね。いいよ、少しだけ話をしようか」
「うむ!」
せっかく再会しながら、ゆっくりふたりで話す時間がなかったことを思い出したレダが頷くと、ヒルデガルダは嬉しそうに微笑んだのだった。
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