37「再会と女の戦い」③



 お風呂で、ルナとヒルデガルダは湯船の中で正座して最年少のミナに怒られていた。




「おねえちゃんたちがおとうさんのこと大好きなのはわかるけど、あんまりがつがつしたら引かれちゃうよ?」


「うぅ……まさかミナにこんなこと言われる日が来るなんてぇ。でもね、別にガツガツなんかしてないから。あれはあたしの愛情表現だもん」


「べ、別に、私だってガツガツなどしては」


「いいわけしないの!」


「はい」


「すまなかった」




 同じく湯船の中で正座して自分たちと向き合う少女の言葉に、ふたりは落ち込む。


 あまり自覚はなかったが、第三者から見ればガツガツしていたのだろう、と反省した。




「……それにしても、あの人見知りだったミナがしっかり者になったではないか、うん、人の成長は早いな」


「あんた何目線よ」




 ヒルデガルダが知るミナは、レダの後ろに隠れているような子だった。


 打ち解けさえすれば普通に接することは可能だったが、それでも今のように誰かを叱ったりするようなことはなかった。


 レダのことを父親と呼ぶようになったことなど、少し会わない間に色々な変化があったんだろうと思う。




「そういえば、あんたどうしてパパのところへ来たのよ?」


「妻だからだが?」


「このっ……落ち着け、落ち着くのよあたし……すぅ、はぁ……そうじゃなくて、あんたエルフでしょ。だったらすでに町に来ているクラウスさんとか、冒険者ギルドとか、他にもいくところがあったじゃない」


「――っ、そうだった! すっかり忘れていたぞ!」




 なにかを思い出したように、慌てたヒルデガルダが湯船から立ち上がる。




「ちょっ、なに!? 急に立ち上がらないでくれる!? お湯飛んだしっ、ていうか丸見えなんですけど! ちょっとは隠しなさいよ!」


「おっと、失礼した」


「ヒルデおねえちゃん、どうしたの?」


「……大事なことを伝えようとしていたんだが、レダに会った嬉しさですっかり忘れていた」


「ちょっと、パパのせいにしないでよ。それで、なにを忘れてたっていうの? どうせ大したことないんでしょ」




 忘れるくらいなら、大事じゃないと決めつけるルナに、ヒルデガルダが首を振るう。




「里からこの町への道中、馬車が倒れていたんだ。怪我人がいないか様子を伺ったが無人だった。だが、近くに血の跡があったのだ」


「……えっと、それって、あれ、あたし嫌な予感がするんですけど」


「おそらく野盗に襲われたんだと思われる」


「ちょ――それって忘れていいことじゃないじゃないのよ! あんた馬鹿じゃないの!」


「反論できないな。とにかく、まずレダに伝えにこう」




 そう言ったヒルデガルダは隣の男湯に目を向ける。


 実はこの宿の風呂は、入り口こそ男女に分かれているが、中ではつながっているのだ。


 無論、仕切りはあるので、両者が鉢合わせることはないのだが、




「あっ、ちょっと、こら! パパに伝えるって、今すぐなの!?」




 仕切りについた扉を見つけたヒルデガルダは、一切の躊躇いなく男湯の中へ入っていく。




「ぎゃぁあああああああっ、なにしてんのヒルデ!? 女の子がタオルも巻かずに!」


「おっと、これは失礼した。だが、私の体は夫であるお前のものだ。好きに堪能するといい」


「そういう問題じゃないでしょうが! ていうか、どうして? いや、その前に、俺以外のお客がいたらどうしてたの!?」




 どうやら男湯はレダだけらしい。


 そうとわかれば、ルナが行動しないわけがない。


 ヒルデガルダに負けるものか、とルナまでも男湯に突貫する。




「ちょっとパパ、なにロリババの貧相な体型に興奮してるのよ! 見たいならあたしのを見てよ!」


「ルナまで来ないで! 他のお客さんがきたらどうするの!?」


「……もう、パパったらあたしのことひとりじめしたいの? 欲張りなんだからっ!」


「誰もそんなこと言ってねー!」




 そして、ついにひとり女湯に取り残されていたミナまで恐る恐る男湯へ入ってきた。


 今までレダと一緒にお風呂に入ったことはあるが、それは家族湯でのこと。


 男湯に突貫する姉とヒルデガルダほど、ミナには勇気がなかったが、それでもレダたちのことが気になってタオルを厳重に巻いて入っていく。




「おとうさん!」


「ミナまできちゃったの!? なに、なんなの!? どういうこと!?」


「落ち着いてくれ、レダ。お前が私で興奮してしまうのは理解できるが、今はそれどころじゃない」


「え?」


「おとうさん、ヒルデおねえちゃんが野盗におそわれた馬車をみつけたんだって」


「――っ、おいおいそれって!」




 野盗、その単語に反応したレダが、湯船から勢いよく立ち上がった。


 ちなみにタオルは巻かれていない。


 少女たちが、目を丸くしてそれぞれ反応した。




「うわー、うわー、うわー」




 ミナは一応は自分の目を手で隠すも、その指は広げられて顔を真っ赤にしている。




「あ……もうパパったら、素敵」




 妖艶な表情を浮かべ、うっとりと唇を舐めるのはルナだ。




「む、うむ、まあ、なんだ、その、男性だからな、うん、その反応は仕方がないことだ」




 レダの一部から目を離すことなく観察するヒルデガルダ。


 次の瞬間、




「いぁあああああああああぁっ、見ないでぇえええええええええ!」




 生娘のような悲鳴をあげて、おっさんが体を湯船の中に隠す。




「パパの悲鳴かわいい……あそこは荒々しかったけど」


「うむ。なかなか立派だったぞ」


「おとうさん……そんなに恥ずかしがらなくていいんだよ?」




 それぞれが優しく声をかけるも、繊細なお年ごろのレダはしばらくショックで湯の中に沈んで戻ってこなかった。


 数分後、ようやく落ち着きを取り戻したレダは、娘たちと一緒に冒険者ギルドに報告へ向かうのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る