35「再会と女の戦い」①
「ったく、どうして、俺がっ、こんなことを!」
宿屋の壁をブラシで一生懸命こするレダを、娘たちが応援している。
「パパがんばー」
「がんばれー」
当初、手伝うと申し出てくれた娘たちだが、レダが泥だらけにするのを悪いと思ったので断ったのだ。
少女たちも素直にレダの気遣いを受け入れ、応援に徹している。
娘たちの声援を受けたおっさんは、ひとりでも余裕だとばかりにブラシを勢いよく振り回してかっこつけていた。
「やれやれ、お前はあいかわらずおかしな男だな」
「ん?」
どこかで聞いたことのある声がしたので、手を止めて振り返ると、
「久しいな、レダ。ミナ」
そこには灰色の髪を持った、尖った耳の少女がいた。
「ヒルデじゃないか!」
「ヒルデおねーちゃん!」
「え? 誰この子?」
民族衣装のような衣服を身にまとった、幼さを残す少女の名はヒルデガルダ・エデラー。
エルフだ。
そして、彼女はエルフの集落で一番の戦士だった。
「ふふ、驚かそうとしたんだが、成功したようだな。今日からこの町で暮らすことになった。末長くよろしく頼むぞ、レダ」
※
「そーれーでー、この女は誰ですかー? エルフなのはわかるけど、クラウスさんの娘?」
「いや、そうじゃなくてね。どちらかというとヒルデのほうが年上なんだけどさ」
レダたちはヒルデガルダを加えて、食堂にいた。
水の魔法を器用に使って壁の汚れを瞬く間に掃除してくれたヒルデガルダに感謝を込めて、そして再会を祝って歓迎会をしているのだ。
ただし、ルナのご機嫌は斜めだ。
生野菜をもりもり口に運びながら、値踏みするような視線を向ける彼女の態度は、少々悪い。
「ちゃんと自己紹介をしていなかったな。私はヒルデガルダ・エデラー。見ての通り、エルフだ」
「あたしはルナ・ディクソンよ。ミナの姉で、パパの奥さんだから!」
「いや、君は奥さんじゃないでしょ」
自称奥さんの娘にツッコミを入れるレダだったが、無視されてしまう。
ルナの自己紹介に、ヒルデガルダは小さな顔を不思議そうにすると、
「ふむ……おかしいな。レダの妻は私のはずだが」
と、言わなくてもいい発言をしてしまい、ルナの頰が引きつった。
「はぁ!? なに言ってんの、この幼女!?」
「見た目が気になるのか? 確かに外見は少々幼いかもしれないが、私はこれでも三百歳を優に超えているのだぞ」
「じゃあババァじゃない!」
「――ほう。私をババァ呼ばわりするのか。言っておくが、エルフでは若者だぞ。人間換算したらレダよりも年下だ」
少女ふたりが睨み合う。
手に持つフォークがいつ凶器に変わるのか、口を挟むことができずに見ているだけのレダはヒヤヒヤしっぱなしだ。
「それでも干からびたミイラじゃない。そんなロリババがパパのお嫁さんとか超笑えるんですけどー」
「君こそ、見たところまだ十五歳ほどか? まだお子様の君がレダの妻とは片腹痛い。妻とは支えるものだ、甘えるものではないぞ」
「言ってくれるじゃないの。毎晩パパといちゃいちゃしまくってるあたしに喧嘩売ってるの!?」
「いちゃいちゃしていないから!」
「……む。そうなのか? ふむ、レダは幼女趣味、と。だが、外見なら私も好みの範疇だな、うん、問題ない」
「聞いて!」
「だーかーらー、ババァはすっこんでろって言ってんの!」
ついには立ち上がって睨み合い始めたふたり。
とくにヒートアップしているのは感情的になりやすいルナのほうだ。
「あの、ミナさん、この人たちを止めてほしいなぁ、なんて」
姉たちの口喧嘩に加わることなく食事を続けているミナに、レダがそっと助けを求める。
末娘は温野菜にマヨネーズをつけて小さな口に頬張ると、美味しいと小さく微笑む。
「おとうさん、今日もごはんおいしいね。ルナおねえちゃんも、ヒルデおねえちゃんも仲良くなってくれてうれしい!」
「……俺ね、ときどきミナがすっごく大物なんじゃないかって思うよ」
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